駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『十蘭レトリカ』を読みました。

「十蘭レトリカ」 久生十蘭 (河出文庫

初・十蘭。
さすが文章の上手さで知られた人である、と納得の読み応え。
それにしても、作風の幅広さには驚かされました。
ほぼ知識なしの状態で読んだんですが、飄々としたのから、コミカルなものから、歴史ものなど、
どれも違った色を見せてくれます。さすが「小説の魔術師」。
今回は初読みでしたので、どんな色の作家さんなのかなかなか掴みづらかったですけど、
中島敦を読んだ時のような贅沢な翻弄を味わいました。

<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
十蘭の前に十蘭なく、十蘭の後に十蘭なし。破天荒へ向けての完璧な計算、予想を裏切り期待を裏切らないウルトラC。最高の達成度を示す異色の傑作群。「胃下垂症と鯨」「モンテカルロの下着」「ブゥレ=シャノアヌ事件」「フランス感れたり」「心理の谷」「三界万霊塔」「花賊魚」「亜墨利加討」の圧巻八篇。


以下、短編ごとの簡単な感想をば…。


胃下垂と鯨」
ほんの5Pの短い話。幻想的な話で難解さあるけれど、雰囲気がたまらん。
いろんな色や音が味わいを持って、五感に触れてくる気がして、一気に十蘭ワールドに引き込まれた。
雨の降る様子を、「天と地の間を休みなしに、雨が循環する、そんな風に思われた」なんて書いていくんだもの。
素敵。

モンテカルロの下着」
コミカルな調子で語られるように綴られる話。(実際、十蘭は口述筆記を用いていたそう)
「ノァイユさん」と「ソルボンヌさん」という二人の日本のお嬢さんが、モンテカルロの賭博場で、
全財産をかけ一山当てようとするお話。
お嬢さん方が勇ましくもキュートで素敵。なのにどこか抜けてて、愛すべきキャラになってます。
十蘭の描く女性は同性から見てもいいなぁ。

「ブゥレ=シャノアヌ事件」
これは…唯一、全く理解できなかった話…。半分寝ながら読んでました…。
文章自体は難解ではないのですが、歴史もので、無知な私にはその背景が全く分からず、
話がどこへ進んでいくのか全然ついていけませんでした><

「フランス感れたり」
ベロォさんが素敵でした(笑)
小太りの仏蘭西人のおっさんなのですが、軽井沢に住んでいて、
そこで見当違いな民族運動で孤軍奮闘したりしてるんですよね。
で、「したい放題に悪たれのかぎりを尽くす」…と、もう無茶苦茶なんですが、
彼なりに一生懸命でなんか憎めないんですよね。(いや、実際身近にいてほしくはないですが)
ちょっと切ないラストもいい。

「心理の谷」
これはね、もうラノベか!とツッコミを入れたくなったくらいの軽快なラブコメでした。
いやはや、こんなお話まで書かれるとは驚き。
可憐なお嬢様な貴子さまと結婚に持ち込みたい、小心者風の山座。
そこに割って入る大陸育ちの跳ねっかえり娘・礼奴。
そんな典型的な三角関係だけど、貴子さまの強かさと腹黒さ、山座のダメさ、礼奴の振り回しっぷりが半端ない。
そしていきなりブチ切れるような唐突なラスト。え?マジでか?という感想で終わる。もういろいろとんでもない。

「三界万霊塔」
ひと財産築いた老人たちが、若かりし過去の過ちを振り返る話。なのだが、この過去話がとんでもない。
読んでて正直ドン引きしました。そういうのがまかり通った時代なのか?(単純な人殺しどころじゃない)
しかし良心を痛めながらも、豪州での真珠争奪戦話に引き込まれて読んじゃいました。

「花賊魚」
これは、面白かったです。といっても、楽しめるような話ではなく、ただただ壮絶なのですが。
中国が舞台の話ですが、もうご老体である女主人・やすがすごい。
息子のため、無理難題を周りに突き付けて、長崎弁ですぱっと言い切るさまがかっこいい。
そしてただの親バカではない、覚悟の深さがまたかっこいい。
やすが行く航海の過酷さは想像を絶します。(長江をさかのぼるんです)
それを十蘭が見てきたように描くんですよね、すごい。

「亜米利加討」
これも、時代物。
幕末が舞台なので、「ブゥレ=シャノアヌ事件」より背景が分かる分、なんとかついていったけど、
それでもなじみのない言葉が多くてちょっと難しかったです。
「馬鹿囃子の名人」って言われても、よくわかんないんだもん…><
それでも当時の士(サムライ)たるもの、というのがなんとなくわかった気がして面白かったです。
方言が飛び交うのも調子が良く、声に出して読みたくなるくらいでした。


でもやっぱり難しいは、難しい。一回読んだだけじゃ、大筋もよくわかってない感じ(>_<)
この時代の作品を読み慣れてないと、分からない語句も多くて想像出来ない場面も多かったです。
(訳注が入ったような本を探すといいのかなぁ?)
かといって、読まずじまいだといつまでも分からないままなので、こうやって気が向いたときにでも、
ぼちぼち読んでいきたいな、と思います。
今作は十蘭のシリーズ4冊目だったようで、十蘭の代表作といえるものもあまり収録されていないので、
また別の十蘭作品にいずれチャレンジしてみたいと思います。