駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『スティグマータ』 近藤史恵

面白かったです。
サクリファイス」に始まるロードレースもののシリーズで、今回は5冊目になります。
読みながら、なんなんだ、このシリーズの抜群の安定感は、と密かに感心しておりました。
近藤さんの文章って、すーっと入ってくるんですよね。
ロードレースという、私にとって興味も関心もなかった世界にススーッと引き込んで、
専門用語の説明もそんなにしないのに、素人でもわかりやすくこの複雑なスポーツを描いてくれる。
さらっと読めちゃうけど、それって実はかなりすごいことだと思います。

あと選手目線の文章がすごい。
近藤さん、ロードレーサーではないはずなのに、この経験者のような描写はなにゆえ?
実際の選手が「そうそう」と同意するかどうかはわからないけど、
選手ならではな表現がふんだんにあって驚かされます。取材力がすごいのかな?
そういう描写も、この物語にがっつり引き込んでくれる一要素ですね。

以前は「興味も関心もなかった」ロードレースですが、このシリーズと出会ったことでその世界を知り、
さらには「弱虫ペダル」にがっつり引き込まれた今では、かなりこの競技が身近になりました(^^)
とはいえ、グランツールに関しては全くの無知で、
裏表紙の石畳の写真がありがたいなーと思いながら読んだんですけど(笑)
恐るべし、石畳コース…。

さて、このシリーズを絶賛しておきながら、実はすっかり過去作の詳細が頭から抜けてしまってるんですが、
どうやら今作はシリーズ二作目、「エデン」の続編に位置する作品になるようですね。
ミッコの名前は記憶にあったけど、ニコラはもう忘れちゃってたな…。
これを読む前に「エデン」を読んでおけば、もっと細かいところまで楽しめたのかもしれませんね。
ちょっと無念…。


<内容紹介>
得体の知れない過去の幻影が、ペダルを踏む足をさらう。それでもぼくたちはツールを走る。すべてを賭けて! 黒い噂が絶えない、堕ちたカリスマの復活。選手やファンに動揺が広がる中、今年も世界最高の舞台(ツール・ド・フランス)が幕を開ける。かつての英雄の真の目的、選手をつけ狙う影、不穏なレースの行方――。それでもぼくの手は、ハンドルを離さない。チカと伊庭がツールを走る! 新たな興奮と感動を呼び起こす、「サクリファイス」シリーズ最新長編。


(少々ネタバレ気味。気になる方はご注意を!)



チカ、大人になりましたね…。もう30になるんですね…。
宝塚のトップさんが、「トップに就任した時から引退の事を考える」と言いますが、
まさに今がチカの絶頂期なのかもしれません。
経験と実績をそれなりに積んで、肉体もまだまだ丈夫で、さあ万全だと思ったところに、
その先の下り坂が視界に入ってくるんですね。
まだまだ十分に働ける身でありながら、その先の引退を考えずにはおれない。
その境地に達しているチカの姿が切なくて切なくて…(涙)。
自分自身でいっぱいいっぱいな若い頃と違って、年を経てくると、やたら視野が広がって、
余計なことまでいろいろ考えてしまうんですよね。
そんなチカのもやもやが、読んでて切なかったけど、とても引きつけられました。
もともとチカは「アシスト」という立場だけど、ロードレース界に所属する身にとしても、ピークを過ぎ、
若い選手が主役を張っていく中で、チカは「アシスト」のような立場になってきたんだなぁという印象です。
自分自身も先が見えない不安な身であるのに、周りに配慮しすぎだろ、チカ。
だからメネンコに変な依頼をされたりするのか?(苦笑)
とにかく今回のチカは周りへのおせっかいで大変そうでした(^_^;)

チカより更に明確に、ロードレース界引退を頭に思い描いた選手、かつての英雄、メネンコも印象深かったです。ただラストの方の書き込みが少なくて、もうちょっとメネンコの心理について、
掘り下げて読んでみたかったなあと思ったんですが。
結末を曖昧にしたラストも、続編を想定したものなのかしら??

伊庭も今回再登場。
チカと同い年でありながら、グランツールでは初心者でスプリンターという、
チカと対照的な様子が面白かったです。
ポンコツになるまで走るというチカと、最後に大舞台で一花咲かせようとする伊庭ですもんね。
レースに向かう姿勢が全然違うんだもの。
チカとミッコとのやりとりも、今は敵ながらいい信頼関係が築けていて微笑ましかったです。
チームメイトのニコラも凛々しくエース然としていて素敵だった。
と言いながら、過去の出番をすっかり忘れてしまってたので、また「エデン」を読み返さなくちゃ。

そしてこのシリーズの難点だった、ろくな女性が出てこないというのが、今回払拭されていてよかったです(笑)淡々としたチカの、らしくない様子が見れて、なかなかおいしかったです。この先どうなる??

近藤さんが新聞の記事で、この先、何作になるかわからないけど、
チカの引退は描きたいというようなことをおっしゃってました。(すみません、うろ覚えです…)
今作を書きながら、引退の場面を強く意識されたのだろうな。
なんにせよ、まだ終わらないようなので、ファンとしてはうれしいです。
チカは「下りのスペシャリスト」ですからね。
たとえレース人生が下りに差し掛かったとしても、
さらに華々しく鮮やかにラストまで突っ走ってくれることを望みます。