駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『ラストナイト』 薬丸岳

ちょっとご無沙汰だった薬丸さん。評判よさそうなので借りてみました。
するする読みやすいのは、相変わらず。
たびたび繰り返される同じ場面を少々くどく感じつつも、真相が気になって、読み進めていきました。
一章の終わりから、ハッピーエンドにはならないだろうことを仄めかしているから、まあ覚悟はしてましたが、
切ない終わり方でしたね…。
普通の幸せを望んでいるだけの人が、ほんの些細なことで人生を奪われてしまう…。
世の中には理不尽が溢れていて、今作の彼に対し、どうにかならなかったのかともどかしく思うと同時に、
自分も他人事ではないかもと恐ろしくなります…。


<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
菊池正弘が営む居酒屋「菊屋」に、古い友人で刑務所を出所したばかりの片桐達夫が現れた。かつてこの店で傷害事件を起こしてから、自身の妻とも離婚し、32年もの間に何度も犯罪に手を染めてきた男だ。獣のような雰囲気は人を怯えさせ、刺青に隠された表情からは本心が全くつかめない―。著者新境地!魂を震わす衝撃のミステリー。

最初、異形の男が出てきて、不穏な感じから始まるのですが、
語り手を変えていくうちに、彼自身の姿が少しずつ明らかになっていきます。
すると、思ったより真っ当そうな彼がどうして、
今みたいな投げやりな人生を送っているのだろうと不思議になってきて、続きが気になっていくんですね。
ミステリの常套手段ですけど、薬丸さん巧いですねぇ。
今の彼から離れた人の視点から話が始まり、やがて実際の彼の行動を見ている人の視点に移っていくと、
彼自身が何か意図があって行動しているのが見えてきます。
彼の目的とは…?と思って読んでいくと、最終章では意外な人物が現れるのです。




(以下、ネタバレありの感想です。未読の方は読まれませんように)




読み終えて、もっと他の道があったんじゃないかなぁと切なくなるんですが、
片桐はきっと不器用で純粋すぎたゆえに、こういう道しか選べなかったのでしょうね。
誰に頼ることもなく、迷惑をかけることなく、一人で蹴りをつけたかった。
ただ唯一、事件のきっかけとなった菊池にだけは少し甘えを見せて、店に通ったんでしょう。
唯一の癒しであろう、焼きそばを求める彼が切ない…。

真相が分かった後で、刺青というのが最初気になったんですよね。
顔を隠すためって言ったって、それ以上に不便だろう、だったら整形の方がいいじゃないか、と思ったんです。
でも実際整形だったら、彼の覚悟の強さが軽くなってしまいそうだな、と。
復讐のためとはいえ、どこか小狡さが出てしまいそう。
途中で復讐をあきらめるのもあり、とか。(本当は彼がそういう道を選べたらよかったんですけどね)
やはり顔面刺青の方が、絶対に後戻りできないという、復讐への強い覚悟と壮絶さがにじみ出るなぁと。
などといろいろ考えて、やっぱり片桐にはこの道しか選べなかったのだろうと思いました。
彼は生きる希望は持っていなかったので、想いを遂げたラストは満足だったのかなぁ。
彼に生きててほしかった読者としてはもやもやしてしまうんですが、
最後に、娘の理解という形での希望が見えたことで、少しそのもやもやが晴れる気がしました。

あと物語に対してじゃないんですけど、少し気になったのは、同じ会話を繰り返すこと。
章が変わって視点が変わると、同じ場面の同じ会話を繰り返すんですね。
別視点から語る割には、そんな目新しいこと言ってないし、これ繰り返す意味あるのかな、と思ったんですよね。
ただ何度も同じ場面をたどりつつ、それぞれの人の、違う話を描いていくわけなので、混乱しないようにと、
作者なりの親切なんだろうか、と思いました。
最後の方などは同じ会話の繰り返しで、どこの場面かわかりやすかったですし。
どっちがよかったのかな?

それとタイトルがありふれすぎてて、いただけない。
せっかくの力作なのに、こんな埋もれてしまいそうなタイトルではもったいない気がします。
改題の前の「檻から出た蝉」の方でよかったんじゃないかな?

そんな不満も少々ありましたが、読みやすくて面白かったです。
色々考えさせられる薬丸作品は、読み応えがあっていいですね。
薬丸さんの、「Aではない君と」が気になりつつなんか手を伸ばしかねてるのですが、やっぱ読んでみようかな?