駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『水の時計』 初野晴

私にとって初野さんの作品は、『退出ゲーム』に続いて、これが二作目。
この作品は、初野さんのデビュー作になります。

面白かったし、好みでした。
○○大賞にありがちな詰め込みすぎ感があるし、
いまいち納得いかない部分は色々あったものの、満足できる作品でした。
脳死と診断されながら、特殊な装置で話すことのできる葉月。
彼女は自分の臓器を必要な人へ分け与えてほしいと、主人公である昴に頼みます…。
設定や構成に難があるような気がしますが、冒頭に「幸福の王子」を持ってきた時点で、
私は設定のこじつけ感は無視できました(笑)

幸福の王子」、昔読んだきりでしたが、
私はこのタイトルにそぐわないかわいそうなお話があまり好きではありませんでした。
でも自分が大人になってこの話に出会って、これがただかわいそうな話ではなく、
そして「幸福の王子」である訳も少し理解できた気がしました。
作者は、この話が持つ、高尚さ、純粋さ、浄化される想いなどに惹かれ、
自分でも描こうとしたのかな、と思いました。
この話の持つ独特の雰囲気は、「幸福の王子」を丁寧になぞる作業によって生まれたのかなーと、
私は勝手に思ったんですけどね…。
だから、安易に感動を狙った作品でなくて、
作者の物語に対する真摯な姿勢が強く感じられて、心に沁みました。

受け取る臓器ごとに話が独立してて、連作短編のような形になっています。
全体の物語は突拍子もない話なのに、そこで描かれる主人公たちがリアルに描かれていて、
物語に引き込まれました。
作者が、私と変わらない年で、定年近い人物に「まだ57(才)なのに…」などと、
さらりと言わせられるのがすごいな、と。
「まだこれからなのに」なら言わせられそうだけど、
「まだ57なのに」は、その年齢に遠いと出てきにくい気がします…。
そう思うのは、私だけですかね?
そういうリアリティーある詳細の積み重ねにより、
多少無理やりな話の流れも帳消しできるように感じました。

話の作り(というか並べ方?)は上手くない気がします(苦笑)。
主人公にまつわる謎も少しずつ明かしていくわけですが、どうもすっきりしない。
『退出ゲーム』の時も感じたんですが、読みやすい文章ですが、
読者への読ませ方が上手くない気がします…。
それはこれから書き続けていくことで、改善されるのを期待したいです…。
あと、最後の葉月のミステリーに関わる謎解き部分は、ちょっとくどくも感じました。

それでも、現代医療の問題提起をきっちりしつつ、幻想的な雰囲気を壊さず、
独特の空気で作り上げたこの話は、とても魅力的です。
やはりこの作者さんは一味違う…。
『退出ゲーム』とはがらりと違う雰囲気で驚きましたが、
キャラクターが漫画のようでノリのよい『退出ゲーム』が決して軽いだけの作品にならなかったのは、
初野さんがこういう作品を書く人だからだ、と納得できました。
他の作品も是非読んでいきたいと思います。

完成度は今一歩なところはありますが、とても私好みなので、星四つで。
本の評価って結局、自分の肌に合うかどうかですよね…(笑)