駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『黄色い目の魚』 佐藤多佳子

佐藤多佳子さんの作品で、女の子語りの『第二音楽室』と男の子語りの『聖夜』をちょっと前に読みました。
この二作品は「音楽」という共通のテーマがありますが、リンクは全くありません。
あまりにどちらの視点も見事なので、是非同じ舞台で女性視点と男性視点で語る物語を
読んでみたかったなーと思ったものですが、なんとこの本でそれが叶いました!
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
海辺の高校で、同級生として二人は出会う。周囲と溶け合わずイラストレーターの叔父だけに心を許している村田みのり。絵を描くのが好きな木島悟は、美術の授業でデッサンして以来、気がつくとみのりの表情を追っている。友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれて―。16歳というもどかしく切ない季節を、波音が浚ってゆく。青春小説の傑作。
 
いやー、やっぱり佐藤さんの文章はいい!
最近の作品に比べると、古めのこの作品は視点が主人公に近すぎて、
読み手に伝わりにくい部分もあったりするけど、リアルな心情を鮮やかに描き出すのは本当に巧いです!
この作品の主人公・みのりは多感で繊細で、無難を選んできた私とは共通点がないせいか、
共感できる部分はほとんどありません。なのに、読みながらすごく魅力的に映るんですよね。
ないものねだりとは少し違うかな。同じようになりたいとは思わない。
だけどすごく惹かれる部分があって、彼女を一生懸命理解しようとする私がいました。
(宮下奈都さんの『スコーレNo.4』の麻子にも同じように思ったな…。
だけどみのりは麻子より『バッテリー』の巧くんに近い気がします)

みのりは、実際に身近にいたら多分親しくできないタイプの人間なのに、
反発してもがいている彼女は魅力的で、だけど物語を読み進めて、成長していく彼女も更に素敵なんですよね。
とげとげしたところが魅力の女の子が、そのとげを失ってさらに魅力が増すって、
そんな風に描ける佐藤さんに感嘆してました。
男の子の主人公・木島も、女性の書く男性像が少しチラついたけど、良かったと思います。
ああ、でもみのりの方が断然魅力的だったかな。
 
「死ぬ」って表現が良く出てくるんです。
「死ぬほど~」とか「死んでも~」とか安易に使う感じで出てくるんですよね。
これまでそういうのを耳にするたびに「死ぬ」なんて軽々しく使ってほしくないと思って批判的だったんですが、
今回はそれがなぜがしっくり胸に来たんです。
学生は、学校という狭い世界で、「生きる価値」が日常の些細なことに異常に密接してるんですね。
もちろん本人も本当に「死ぬ」つもりはない。
だけど、目先しか見てない刹那さと、敏感な感情が浮き沈みする激しさは、
安易に使う「死んでも~」とかがすごくふさわしく感じられたんです。
「死」という言葉がまるで他人事みたいな、若さにあふれているというか。
だから読んでてそんなに嫌じゃなかったんですよね。佐藤マジックだなぁ。
 
みのりも木島も自分の未熟さをつらつらと語ったりしてるのに、
相手視点からだとすごく魅力的に映るんですよね。
なんかそのギャップがたまらなかったです。
彼らが懸命に悩みもがいてるから、その姿が光って見えるのも読み手にすれば理解できるんです。
作中では周りに理解されなかったりするけど、彼らに寄り添えばきちんとわかる。
そしてそれがお互いにわかる二人が次第に惹かれあっていくんですよね。
じれったいような、ドキドキするような、うらやましいような。
ただの恋愛ストーリーじゃなく、成長の階段を登る二人が、
寄り添って、向き合っていく過程が本当に素敵でした。
 
佐藤さんの人物描写も素敵だけれど、題材への入り込み具合も毎回すごいと思います。
『一瞬の風になれ』で描かれるような「陸上」も『聖夜』で描かれる「音楽」も、今回の「絵」の世界も、
私にとってどれも未知の世界なのだけど、
そういう世界を極める人の、感覚の描写にいつもため息をついてしまう。
極めた人しか吐けなそうな言葉で、想像を超える世界を見せてくれることに感動を覚えてしまうのです。
「絵」を書くことってただ被写体を写しとるだけんじゃないんだ。
被写体から引っ張り出すような作業なんですね…。
佐藤さん、どうしてそういう感覚がそんなにリアルに分かっちゃうのかなぁ。毎回本当に感心してしまいます。
 
星は四つ。きれいに構成された話という感じではなく、あちこち書き散らした風でもあるのだけれど、
周り道や寄り道をしながらも、物語で彼・彼女がきちんと成長していったことがきちんと表現されてるんです。
その鮮やかさにやられました。佐藤さんはやはりいいなーと改めて思った作品でした(^^)