駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『魚舟・獣舟』 上田早夕里

SFものってなんて刺激的なんでしょう!
私がSF慣れしてないせいもあるのでしょうね。
少し読んだだけで、そこに出来上がってる世界にビビってしまいます。
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書下ろし中編を含む全六編を収録する。

しょっぱなの「魚舟・獣舟」という短編。
「生まれてはじめて獣舟を見たのは七歳のときだ。」といきなり始まる。獣舟って何よ、と思ってるのも無視で、
さらにはいくつかの描写の後、「これは魚舟じゃない、獣舟だと私は直観した。」と構わず続けられる。
説明も何もなし。(のちに少しずつ明らかにされますけどね)
その強引さがすごく刺激的で、ついてこれるなら来てごらん、ってな感じにノックアウト(笑)
 
SFは、難解な科学的要素が並ぶ、無機質な物語のイメージがあって、
人物の心情描写を好む私は敬遠してたのですが、何作かSFと呼ばれるものを読んでみて、
どうも違うらしいということに気づいてきました。
現在より無機質さが増した極端な状況でこそ浮かび上がる、
人間的哲学が描かれるものも数多くあるのですね。
この作品も非常に哲学的で、ぞくぞくさせられました。
 
以下、ネタばれしない程度に簡単な感想を。
 
「魚舟・獣舟」
短い短編の中で、素晴らしく世界観が出来上がっている、濃密な作品。
どこか「ナウシカ」も彷彿とさせる。ってことで、あの役は女性だったのかなぁなんて。
人が作り出したものなのに、やがて手が負えなくなるというジレンマは、SFものでは普遍的な主題なのでしょう。
それにしてもこのとんでもない、しかし、がっつり作りこまれた世界には恐れ入りました!
 
「くさびらの道」
奇病が流行る話。
ちょっと映像を想像するとグロいですね。
報道と現場のギャップに現実を重ねてしまいます。
人は実際に身を持って知らないと、危機感を感じにくいということ。
そして報道は必ずしも真実を伝えないということ。
気づいた時には手遅れなんですよね…。

「饗応」
とても短いお話。でも入口と出口ではがらりと様相を変えるお話です。
僅かにしか描かれない描写の、背景がやたら気になりました。
一体どんな世界なんだ?
 
「真朱の街」
このお話も結構インパクトありました。
SFなのに「妖怪」がテーマなんです。で、こんな風に融合させちゃうのかーと面白く読みました。
キャラも良く立ってて、魅力的。
歪だらけの世界で、何が真実なのか、誰の言い分が正しいのか分からなくなります。
 
ブルーグラス
SFの世界で描かれるロマンスと言いましょうか。(ロマンスだけでは終わらないけど)
小道具となる「ブルーグラス」が効いてます。
 
「小鳥の墓」
この本の半分以上を占める中編ストーリー。
この中で一番長いだけあって、じっくりこの世界に浸れて読めたので、読み応えがあって面白かったです。
教育実験都市──通称ダブルE区と呼ばれる街を舞台に描かれます。
子どもを健全に育てることに特化した最先端のプログラムで動いてる特殊な街。
その街に住むのには審査があって、品行方正なものだけが住める街なのです。
あらゆることに制限がかけられ、監視され、心身ともに健康な市民は、犯罪とは縁がない。
そんな街を居心地悪く感じる少年が主人公です。
この全てに行きとどいた街が、少年の眼を通して不気味映ることがちょっと衝撃でした。
一般的に善とされている行為も、制度や慣習となると、不自然に映って、押しつけがましさに嫌気がさし、
彼なりの「善」を求めてしまうのです。
色んな方面で発達した未来世界は、生身からどんどん遠のいた世界でした。
正しいと言われる中に「本物」はなく、それに反発しても答えは出ない。
彼は何にもコーティングされていない、生身の「本物」を求めて葛藤を続けたのでしょう。
彼には手のひらに残された「本物」しかなくて、それに縋るようにして歪んでいく姿は、痛々しかったです。
この話は「火星ダーク・バラード」という長編の前日譚だそうで、そちらも読んでみねば!と思いました。
 
星四つ。刺激的な読書でした。これとリンクする他の作品も読んでいこうと思います。