駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『きみはいい子』 中脇初枝

すごく、よかったです。
新聞広告見て、よさげだなーと惹かれていたのですが、
「虐待」がテーマのようで、読むと辛くなりそうだと思って借りれずにいました。
でもやっぱり気になって、「えい」と借りてみたら、本当にすごくよかった。
読めて良かったと思いました。
 
<内容紹介>
ある雨の日の夕方、ある同じ町を舞台に、誰かのたったひとことや、ほんの少しの思いやりが生むかもしれない光を描き出した連作短篇集。
夕方五時までは帰ってくるなと言われ、雨の日も校庭にたたずむ生徒と新任教師との心のふれあいを描く「サンタさんの来ない家」をはじめ、娘に手を上げてしまう母親とママ友との物語、ひとり暮らしが長くなった老女と、家を訪ねてきたある男の子との物語など、胸を打つ作品を五篇収録。
人間の優しさとその優しさが生む光が、どれほど尊くかけがえのないものかをあらためて感じさせる感動作。

普通よく言われる中で、「いい子」というのは、例えば親の言うことをちゃんと守るような子、
つまり大人にとって都合のいい子であることが多いんじゃないかと思う。
子どもだけじゃなくて、先生とかも同じで、いい先生は、親にとって都合のいい先生だったりする。
学校関係に勤める友人も言っていた。
親がいう「いい先生」は、子どもにとってはそうではなかったり、
子供にとっていいと思われる先生が、親の評判がよくなかったりすることは、よくあるらしい。
 
タイトルの言葉は、この本を読み進めていけばいくほど、心に突き刺さってくる。
「きみはいい子」
みんないい子、ではないのだ。そんな風にひとくくりにしてはいけない。
一人一人が無条件で「きみはいい子」だと言ってもらえたら、色んな闇は取り払われるのだろう。
作中の人物のように、学級崩壊させてしまっても、子どもに虐待をしてしまっても、
そのことを取り上げて悪いことだと責めるのでは効果はないのだ。
悪いというのは本人が一番身に沁みてわかってるのだから。
分かってるのに、できない。その辛さはいかばかりかと思う。
 
誰もが自分を認めてもらいたいと思って、「理想の自分」を描くけど、なかなか思い通りにいかない。
「クラスをまとめ、親に慕われる教師」だったり、「きちんと子どもをしつける立派な母」とかになれば、
自分を認めてもらえる気がして、できない自分に焦る。
周りにダメ出しをされて、やっぱり自分はダメなんだとさらに深みにはまってしまい、抜け出せなくなってくる。
そんなもがきが、この本ではあちらこちらで描かれている。
その泥沼から抜け出る方法は一つ。
「きみはいい子」と誰かに言ってもらうこと。
そうやってありのままの自分を、愛情を持ってそのまま受け止めてもらうこと。
そうして、「できない自分」を受け入れられたら、「思い通りにならない人たち」のことも違う目で見られる。
ずっと楽になる。
 
それぞれの話の感想を少しずつ…。
 
「サンタさんの来ない家」
新任教師と生徒たちのお話。
まさに自分の子どもを小学校に通わせてる身なので、やたらリアルに感じられた。
自分が通ってた頃と今とでは、学校の雰囲気が全然違う。
子どもが幅を利かせ、先生はあちらこちらに気を配り委縮気味。
話の最後、教師が「ぼくはだめ教師だから」という言葉が辛かった。
自らを「悪い子だ」と責める子どもには、先生は必死で「君は悪い子じゃない」と言っているのに、
自分もその子と同じ立場なのに気づいていない。
誰かこの先生に手を差し伸べてほしいと思った。
 
「べっぴんさん」
こんなひどい虐待ではなかったけれど、それでも育児に追われる中、
たまりかねて子どもに手を上げたことがある。だからこの話はかなり胸にびりびりと響いてきた。
育児はほんとに孤独な作業だから、一人で抱え込みがちになる。
おざなりじゃない、心からの「頑張ってるね」と言う言葉で母親は救われると思う。
 
「うそつき」
人と人が向かい合う中で、「正しさ、正確さ」ってことは必ずしも必要ではない。
作中の塀の揉め事も、法律的に正しい解答は真に問題を解決しない。反論の余地をなくせるというだけだ。
それより大事なのは、相手の思いをきちんと理解するということなのである。
だから彼らは嘘をつく。苦手な黄身も食べるし、じゃんけんで必ずパーを出す。
そんな優しい嘘をついて、お互いの関係を真っすぐに結ぶのである。
 
「こんにちは、さようなら」
間違ったことをしたり、失敗したり、大多数の人たちと少しでも違ったりすると、
とかく排除されがちの世の中である。
間違いを犯した人に、非難を浴びせるよりも、必要なのは救いの手を伸ばすことなのだ。
間違いをおかしてしまって、それは間違いだと激しく指摘された人が、
はたして素直な気持ちでやり直せるだろうか。
取り返しのつかない間違いを犯してしまう前に、誰かが手を差し伸べていたら、きっとその先に希望が見える。
世間から忘れられたような老女と、世間のレールにうまく乗れない親子。お互いが救い、救われ合う。
 
「うばすて山」
介護される母と、その母から虐待を受けた娘の話。
母の支配の影響力に、ひたすら慄く。
この話の母はかなり極端だけど、母と言う立場は、子どもにとって絶対的なのだろう。
その娘が大きくなり、また母になる。自分の母の影響を存分に受けて。その連鎖が本当に怖いと思った。

「きみはいい子」と言う言葉は、この作中の人物みんなに言ってあげたい言葉だ。
そしてこの言葉は、作品を超えて、読み手にも届いてくる。
自分にいろんなダメだししてしまうけど、読んでて、「あなたも大丈夫」と言われてる気がした。
そしてその周りの人たちも「いい子」なはず…と。
自分のダメなとこを認めて受け入れられたら、他人のことにも寛大になれるんだと思った。
 
星は五つ。
これ読んでたら、本当に色々なことを考えさせられて、
記事もこのような、とりとめないものになってしまいました…(^^ゞ
この本の魅力を上手く伝えられないけど、本当にいい本でした。
特に、子どもに関わる方には是非読んでいただきたいな、と思います。