駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『小さいおうち』 中島京子

ああ、素敵な本だったな。
中島京子さん、初読みです。
この本が受賞した時、そんなに興味持てなくて今まで読まずじまいだったんですけど、
他の方のブログを見てると、中島作品が何だかよさそうなので、まずはこれから、と読んでみました。
なるほど、確かにいいです、中島さん。

<内容紹介>(出版社HPより)
昭和初期、女中奉公にでた少女タキは赤い屋根のモダンな家と若く美しい奥様を心から慕う。だが平穏な日々
にやがて密かに“恋愛事件”の気配が漂いだす一方、戦争の影もまた刻々と迫りきて――。晩年のタキが記憶
を綴ったノートが意外な形で現代へと継がれてゆく最終章が深い余韻を残す傑作。

タキさんの描かれるお話は、バートンの絵本の「ちいさいおうち」になぞらえたように、
本当に絵本のようなお話でした。
そう、まるで心にじわっとくる絵本のように、心にある宝物をすくい上げて、
キラキラ輝かせて書かれたお話だったんですよね。
ただきれいなものだけを集めて作る誤魔化しのような絵本じゃなくて、きれいも汚いも描くけれど、
大切な想いを一番真ん中に持ってきて読み手に届けるような、そんな素敵な絵本を読むようでした。
戦前から戦後までのこの大変な時代で、辛いことも悲しいことも当然あるわけです。
だけどそういうものに蓋をして隠すわけではなく、タキさんの心に引っかからずに、
ぽろぽろ零れて落ちるままに淡々と描かれるんです。
そして、大切に心にしまわれた宝物のような出来事は、
手のひらで包み込むような小さな幸せな思い出として、丁寧な描写で綴られていきます。
 
だけど、絵本のような純粋なハッピーエンドでは終わらないんですよね。
最後の章で、タキさんの手から離れた物語が、離れた視点から再度振りかえられるんですけど、
それがすごくこのお話を印象的にしています。
開けられなかった手紙、睦子さんの言葉の意味、タキさんの後悔…少しずつ詳らかにされていく事実。
思い出フィルターがかかっていた物語に、これまで見なかったいろんな色が落とされていきます。
まるで淡い色調の絵本に、原色の絵の具がぽたぽたと落ちるように。
そんな風に、最終章に明かされる事実で、それまでのお話がまるで別物になっていきそうなのに、
タキさんの大切な物語をできるだけ壊さないように、
甥の健史が慎重に丁寧に解きほぐしていくのがよかったです。
この、タキの甥である建史の存在が、非常に上手に使われているんですよ。
本編のタキさんの回顧録の中で、漠然とある戦時中のイメージとは違う戦争物語が描かれていて、
私が戸惑うところに絶妙に現代感覚の建史の突っ込みがはいって、
ちょうどいい解説と息抜きになっててすごく読みやすかったです。
そして最後の謎解きも、彼がタキさんのことを傷つけないように、丁寧に読み解いていくのがよくて、
切ない事実でも、心地よい読後感を残しました。
 
タキさんが、戦争が終わる前に、自分の中で何かが終わってしまって、
二つの時間が流れる、と表現していたのが印象的でした。
(手元に本がないので、ちょっとあやふやですけど(^^ゞ)
本を読んでると、過去は、つい歴史として見てしまって、例えばこの時代だと、
戦前、戦中、戦後と区切りをつけてしまうんですが、当時を生きる人たちはそうじゃないんですよね。
戦時中だからって、戦争が彼らの全てではないんですよね。
戦争に人生を大きく振り回されながらも、
過去が語る歴史の上を生きてるんじゃなくて、今を生きてるんだ、というのがずしんと伝わってきました。
作者さん、当時をリアルに知る人じゃないのに、ほんとそういう視点がすごいです。
 
戦いに行かない人たちの目線で語られる当時の様子も、とても興味深かったです。
戦争で勝って、デパートでお祝いセールなんてやってたんだ…。
三崎亜記さんの「となり町戦争」で見えない戦争が描かれましたが、あのくらいの衝撃がありました。
戦争中でも、日常はちゃんとある。だけどそんな変わりないような日常にも、気づかないくらいささやかに、
でも確実に端々に戦争の影が落ちてきているのが怖かったです。
非常事態でも、普通だと、日常だと思わされてる現実もあるんですよね…。
 
 
 
(ネタばれの感想を少し…。私の勝手な解釈です。未読の方はご注意ください。)
 
 
 
封をされたままの手紙…。
きっと時子さんと板倉さんは最後会えなかったのでしょうね。
タキさんが書いた手記ですから、二人の最後の別れは、タキさんにとっての真実として描かれるわけです。
だけどそう自分にそう思いこませても、後悔は消せなかったのでしょうね。
そしてそれはただの後悔ではないであろうこと、
タキさんにその自覚(同性愛?)はなかったかもしれないことがラストで示唆されます。
本当に複雑な人間関係が最後に明かされるんですよねー。
そして、時子奥様に惹かれてしまった人は、みな独身の道を…なんて罪な人なんだ(^_^;)

 
 
 
今度、映画化されるようですねー。ラストで意味深になるこの物語。
どこまで描かれるのでしょう?ちょっと気になります…。