駄文徒然日記

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『よるのふくらみ』 窪美澄

窪さんらしい作品。やっぱ窪さんいいし、大好きだと思った。
こんなみんなドロ沼なのに、最後どこか爽やかなハッピーエンドに思えるって、それは窪さんが描くからだ。
淡々と、だけど見守るように、人の狡さやダメな部分を描いてくれる窪さんだからだ。
 
 
<内容紹介>(amazonサイトより)
その体温が、凍った心を溶かしていく。29歳のみひろは、同じ商店街で育った幼なじみの圭祐と一緒に暮らして2年になる。もうずっと、セックスをしていない。焦燥感で開いた心の穴に、圭祐の弟の裕太が突然飛び込んできて……。『ふがいない僕は空を見た』の感動再び! オトナ思春期な三人の複雑な気持ちが行き違う、エンタメ界最注目の作家が贈る切ない恋愛長篇。
 
(少しネタバレ気味な感想かな?気になる方はご注意ください。)
 
この物語を、例えば週刊誌なんかの記事で読んだら、ダメダメな人たちのくだらない泥沼な話だと思うだろう。
自分には関係ない、他人事のように感じてしまうだろう。
だけどこの本を読めば、自分のどうしようもない部分を嘆きながら、
でもその逃れられない苦しみを静かに抱え続ける人たちだと分かる。
うまくやりたいけど、うまくいかないし、できないのだ。
それは誰しも抱えてる不安でもある。
人間は誰も、自分がかわいいし、狡いし、弱いのだと思う。
 
変な遠慮や独りよがりの思いやり、そして思い込みが人間関係を歪めていってしまう。
ほんの小さな商店街でも、その中でうわさ話を気にしたり、体裁を取り繕うのは大変だ。
でも本当はそんな周りが作り上げる、自分像と誰かの虚像でやりとりするんじゃなくて、
目の前の生身の人間と向き合わなくちゃいけない。
素の自分は無様で、それを晒すのは怖いけど、そうしないと多分、本当のことは見えてこない。
下手に気遣いをしたり、かっこつけて飲み込んだ言葉は、
埋められない暗渠を作ってやがて互いの関係性に溝ができてゆく。
少しずつ少しずつ、地下で侵食するように溝が増え、
突如地盤沈下で建物が倒れるように、何かが崩れてしまう。
そんな、なんとなくやり過ごしてるうちに、取り返しが効かなくなってくる過程を見ているのが怖かった。
 
「誰にも遠慮はいらないの。なんでも言葉にして伝えないと。どんな小さなことでも。幸せが逃げてしまうよ。」
不必要な言い訳や飾りたてた正論をいくら積み上げても無駄なのだ。
そうじゃなく、自分の本当の感情を、いろんな雑念からかき分けて探し出す。
そして言葉にする。
「裕太、おめでとう」
いろんな思いがあって、ぶちまけたい不満も怒りも、自分の愚痴も弱音もたくさんあって、
だけどそんな中に本当の気持ちを見つけ出す。
ああ、ちゃんと彼は、ゴミのように積もり積もった思いの中から、自分の一番の感情を見つけられたんだ。
そして伝えることができたんだ。
最後の兄のその言葉に泣きそうになってしまった。
 
どんなに不器用でも、無様でも、とにかく言葉にしなくちゃ何も伝わらないんだと思う。
どんなに相手のこと考えても、正しい道を選ぼうとしても、自分一人の思考だけじゃうまくいかない。
だって、立場が変われば、こんなに見える景色が違うんだもの。
視点が変わるだけで、同じセリフが、同じ行動が、全然違う意味を持ったものになってしまう。
三人の視点から語るこの作品は、とてもうまくそのことを伝えてくれる。
だから外から見るだけで、誰かのことを知った気になるのは驕りだ。
当人の事は当人しかわからない。
だから自分の気持ちは、自分が言葉にするしかない。
でもごちゃごちゃした感情の中から、自分の本心を見つけることは、実はすごく難しいことなんだけど。
ここでは、それを見つけた三人がそれぞれ、
今までより自分の心に添った道へ一歩踏み出す様子が描かれている。
その先は単純に明るい未来ではないけれど、乗り越えていく覚悟が彼らにはある。
だからハッピーエンドなのだ。
 
窪作品、やはり素晴らしかったです。満足。