駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『武道館』 朝井リョウ

朝井さんがアイドルを描きます。相変わらず女子視点に違和感がないぜ…。恐るべし、朝井さん。

<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
本当に、私たちが幸せになることを望んでる?恋愛禁止、スルースキル、炎上、特典商法、握手会、卒業…発生し、あっという間に市民権を得たアイドルを取りまく言葉たち。それらを突き詰めるうちに見えてくるものとは―。「現代のアイドル」を見つめつづけてきた著者が、満を持して放つ傑作長編

特殊な世界を描くお話は、その裏側を覗けるようで面白いです。
この作品でも「グループアイドル」の世界をのぞき見できます。
アイドル群雄割拠の今、昔々とは違って、誰でもアイドルを目指せちゃう時代。
そんな「アイドル」に属する若い女の子たちが経験しているであろう、舞台裏の悩みや苦労が描かれています。
「アイドル」と言えば、女の子の憧れや夢の代名詞であるけれど、
「所詮アイドルレベル」などの意味合いでは蔑視の対象にもなります。
華やかさも叩かれやすさも、一緒くたになって降りかかってくるって、ある意味壮絶!
そんな中、ファンのために笑顔を振りまいてくれる根性こそが、
彼女らをアイドル足らしめているのだろうなぁと思います。
やっぱり『アイドル』という立場に立つってことは半端じゃないですね。
これだけ世間でアイドルが溢れてると、私などはつい軽視しちゃいがちだったんですが、
これ読んで少し反省しました…(^_^;)どれだけ数いたとしても、一人一人は本気で頑張ってるんですよね。

アイドルとは切っても切り離せないものが「音楽」。歌って踊ってこそのアイドルですから。
しかし色んなものが、ネットで無料で手に入るようになってしまったこのご時世、
そのCDが売れなくなってきています。
わかりやすいオリコンチャートこそがアイドル人気のバロメーターだからと言って、
握手券などつけてCDを売ると、世間からまた叩かれるんですねー。
「AKB商法」なんて言葉は今更ですけど、朝井さんが述べる文章にはちくりとやられました…。


(以下、作中から抜粋)

欲しいCDがある。聴きたい曲がある。知りたい情報がある。その欲を叶えるために、まず無料でできる方法を選択するようになったのは、いつからだろうか。
(略)
まとめサイトも無料、YouTubeも無料、アプリを使えば、電話もメールも無料、何もかもが無料。何かを手に入れたい、と思ったとき、人は、まず無料で実現出来る方法を考える。(略)
だけど無料で手に入るものとはつまり、全員が同じように手に入れられるものだ。全員から同じ距離の位置にあるものだ。それに何かを引き換えに手に入れているわけではないので、もしそれが気に入らなければ、自分の持ち物を減らすことなく、手に取っては捨て、手に取っては捨てを繰り返すことができる。



そんなご時世で、お金を出してCDを買うということが、アイドルとファンの間でどれだけ意味を持つのか。
握手券目当てだとしても、それに対して十分だと思える対価が得られるからこそ、
人はお金をすすんで払うのですものね。
「AKB商法」には眉をひそめてしまう人間ですが、この商法も否定ばっかりはできないなと黙らされました。

そして無料で手に入る情報を皆が手にして、世間を知った気でいるのも問題だな、と思わされました。
事件を、報道されるまま一面からしか見ないで、○○が悪い、と鵜呑みにしてしまう。
それに同じ情報を受け取った世間が乗っかって、大騒ぎする。
ネット社会の弊害だなと思います。

しかし、、小さなネタに火がついて、一気にブレイクするのもネット時代ならではですもんね。
アイドルはそんなネットの向こうの人たちを相手に、売り込んだり、警戒したりしていかなきゃならないんですね。
そんなことを象徴してか、作中でアイドルグループを卒業する一メンバーの言葉が印象的でした。
メンバーのみんなに対して、
「今目の前にあるほとんどは、最近生まれたものばっかり。
ずっとずっと昔から当然だと思われてきたことなんて、実はほんのちょっとだけ。
だから、目の前にあるほとんどは、これから新しく生まれ変わる。(後略)」と言い、
何事にも柔軟に変わっていけることの重要性を解きます。
今の情報社会は、物事のスピードが恐ろしく速くて、
ささいなきっかけが予想もしない重大なことを引き起こしたりしますが、
だからこそ慣習慣例に囚われず、周りに流されず、
自分の意志で判断していくってことが重要になっていくんだろうな、と思いました。
人生は選択で成り立ってることを作中で何度も述べていましたが、
その選択を自分で、納得してやっていくことに価値があるんでしょうね。

途中「桐島~」で使ってたぶちきり文章が、久しぶりに見られてちょっとうれしかったです。
考えてるときに邪魔が入るって感じで、主人公のモノローグをぶった切って、次の文章が入るんですよ。
デビュー作ではすごく読みにくかったけど、今作は効果的に使えてたんじゃないかな?
(でもデビュー作、その読みにくさも含めて好きです(^_^))

あと、朝井さんと言えば私は比喩表現の巧みさがツボなんですが、
最初の方の比喩がなんか適当に書かれてる感じがして、全然胸に届かなかったんですよねー。
「朝井くん、どうしちゃったの!?」と心配したのですが、途中から筆が乗ってきたのか(?)、
ぐいぐい引き込んでくれる朝井さんらしさが見えてきて、ハマっていけました。
特に愛子が大地を選ぶシーンが印象的でした。

この本は、かなりアイドル側に立って描かれているので、少々公平さに欠ける気もするのですが、
一般人は言いたい放題なのに、アイドルは無言で笑ってるだけしかできないので、
朝井さんがアイドル側を代弁したのでしょうね。
朝井さんの素晴らしさに視点の高さというのがあります。
物事を俯瞰して見れるというのでしょうか。
自分の立場も含めて上から見れるんですよね。(「何者」はぞくぞくするほどでした)
そんな朝井さんの言葉には説得力があるので、アイドルの言い分もなかなか納得な感じでしたよ。

とまあ、面白く読んだけど、個人的にはそんなに印象的な作品ではありませんでした(^^ゞ
(ここまで長々書いておいてなんですが・笑)
アイドルの言い分はわかるんだけど、やっぱアイドル本人の言葉じゃないというか、
理屈が先立ってるような気がしたので、そこまでリアリティを感じられませんでした。
(『世界地図の下書き』の時も同じように感じたな…)
でも、アイドルを通して今の社会を見るという点では面白く読みましたよ(^^)/
こうなると、現役アイドルの加藤シゲアキ君の本が気になってくるなぁ。今度借りてみようかな?