駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『さよなら、ニルヴァーナ』 窪美澄

不謹慎になるかもしれませんが、面白く読みました。
最近『絶歌』で話題になった神戸連続児童殺傷事件をモチーフとした作品になっています。

<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
少年犯罪の加害者、被害者遺族、加害者を崇拝する少女、そしてその環の外にたつ女性作家。運命に抗えない人間たちの因果を描く、慟哭の物語!

色々思うところはあります。
なんでこの設定にしたのだろうかとか、この本のすぐ後に『絶歌』が出版され、
読み手としても妙なタイミングになってしまったな、とか。
そんなこんなで評価が微妙になってしまう作品だと思いますが、私はとても良かったと思います。

実際にあった事件をモチーフにして書かれた作品は他にも読んだことありますが、
どれもその作品を読むことで、一方的に見てしまっていた事件を、別の角度から見ることができた気がしました。
フィクションである小説は、真相を描くことはないのですが、
作者の想像力は真相に迫るほどの信憑性やリアリティがあり、
例えば事実を並べた新聞記事を読むより、真実に肉薄していく気がします。
理解不能と思われた言動が、背景やそこに至る心理をたどることで見えてくるものがあるような。
描かれた内容が事実かどうかは大事ではなく、
そういう可能性もありうるというのを示してくれることが重要だと思います。

この作品では、少年Aが美少年であるという設定などをはじめ、事件自体を美化している傾向があります。
少年Aの追っかけをしている少女とか、被害者母の言動などにちょっとついていけないところはあって、
違和感を感じたりしながら読んだのですが、
ただ犯罪者を含め彼らがものすごく特別な人間には思えませんでした。
もちろん少年Aの、死体に興奮するという性癖は普通ではないでしょうが、
同じような人は存在するのでしょうし、かっこいい犯罪者にときめいてしまう人もいるでしょう。
(昔サリン事件の時に上祐さんの人気が上がったりしましたもんね)
小説っぽく美化して読みやすくしてる部分があれど、真実に肉薄するかのような描写も多く、
窪さんがかなり多岐にわたり調べて書かれたのだろうなと思われました。

この作品の少年Aは、猟奇的な殺人を犯す要因として、もともと変わった性癖を持っていました。
それは自分自身でもどうしようもないものじゃないかと思います。
だから事件が仕方ないとは決して言いませんが、
そういう人を「排除するしか道はない」というような世間の風潮には首をかしげます。
大多数派が正しいという「正義」を振りかざして、異常者を激しく糾弾するのはどうだろう。
もし自分や身近な人にそんな困った性癖があったら、なんて考えないのでしょうか。
犯罪に至る前に、異常者をみんなでのけ者にして居場所を奪うのではなく、
例えば、早期発見してケアできれば、犯罪への道は防げそうな気がします。
実際の少年Aには多大な人材とお金をかけて更生していってるようですが、
それは彼のためというより、同じような犯罪を出させないよう今後の社会のためなんだと思います。

犯罪者だけでなく、被害者側の世間に対する感情などにも考えさせられるものがありました。
何にも悪くないのに、「被害者」というレッテルを貼られることの生きづらさ。
想像する以上に重い枷になるのだなと思わされました。

窪さんはこれまで、社会的に立場の弱いに人に目をむけて物語を書かれています。
世間から「どうしようもない」とレッテルを貼られそうな人や事件でも、
窪さんの作品を読めば「本人だけが悪いわけではない」と思えてきます。
だから今回もそういった人びとに目を向けて書かれたのだろうなと思いました。
犯罪者に対して美化されたような描き方に不満を覚える人もいるようですが、
窪さんは誰に肩入れするスタンスでもなく、冷静な視点を持たれていると思います。

『さよなら、ニルヴァ―ナ』というタイトル。
作中では伝説のバンド「ニルヴァーナ」を指した文章がわずかに書かれますが、
ほとんど物語にはかかわってきません。
ニルヴァーナとは、もとは仏教用語の「涅槃」のことで、
ネットでは「涅槃とは仏教では究極的目標である永遠の平和,最高の喜び,安楽の世界を意味する」などと
説明がありますが、実際は一言では説明できない言葉のようです。
私は、タイトルがこの作品で指し示すのは「母の呪縛からの解放」かな、と思いました。
この作品で出てくる人たちは皆、母との関係をうまく築けずにいます。
一番理解してもらいたい人に理解されない。そんなもどかしい関係。
自分を生んだ人、自分が産んだ子、という関係は、
本人たちが思う以上に深いところでがんじがらめで繋がっている。
そんな間柄で、ボタンの掛け違いのようなずれが起こると、人生自体の狂いにすら繋がっていくのです。
そこから解き放たれることで、人は新たに生きていけるのかな、と思いました。
ここで描かれる人々は、解き放たれたのち、決して幸福が待っていたわけではなかったけれども、
それぞれ覚悟の上の選択だったのだろうな。

登場人物の一人である、作家志望の今日子が最後に語る言葉は、窪さん自身の言葉に重なって聞こえます。
窪さんは今回、作家という職業に本気で向き合って、これを書く覚悟を決めたのかもしれませんね。
どういった経緯でこの作品が書かれたかはわかりませんが、
最後の章からは相当な覚悟のようなものを感じました。

感想がとても難しいですが、すごく考えさせられる、大事な作品だと思います。
物語的に無理を感じる部分もあったり、最後の章がちょっと浮いた感じに思えたり、
綺麗にまとまった作品ではないかもしれませんが、
人びとの声に出せない叫びのようなものを感じられる、読む価値のある本だと思いました。

(余談)
ただちょっと不満を言わせてください…。
私、伝説のバンド「ニルヴァーナ」が好きで、最初タイトルだけ見て「きたーーー!」と喜んでいたんですよね。
でも実際読んでみたら、内容はこんな重いものだし、バンドのニルヴァーナはほとんど絡まないし、
こはちょっと残念でした…(^_^;)