駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『空飛ぶタイヤ』 池井戸 潤

本読みさんの間でよくタイトルが上がっていた本で、
ずっと気になってました。
タイトルからなんとなくサラリーマンを主人公にした日常話みたいなのを想像していたら、
まんま「空を飛んだタイヤ」、つまり脱輪事故をテーマにした話だったんですね…。
シリアスで重い話なのに、コミカルなタイトルをつけたなー…。

でも内容はすごくよかったです。まさに力作。
三菱自動車リコール隠しをモチーフにした話で、
事故を起こした運送会社の社長さんが主人公です。

分厚くて、中身も二段組みだけど、一気に読んでしまえます。
メリハリが上手いんですよねー。
主人公に災難が降ってきて、どん底まで落ちそうになって、
でもそこに救いがあらわれて…かと思ったらまた窮地に立たされて、という、
勝敗のゲージがあっちこっちと振れるバランスがよくできてました。
落し込まれ、追い込まれるだけの話だと、最後挽回したとして、
間がもちもませんものね。

しかし読んでて、かなり恐ろしくなりました。
個人の被害者が、大手企業を相手にするということはこういうことかと
リアルに突き付けられた気がしたし、
大企業の倫理の在り方、それは今の政治の腐敗にも同じようなことがいえると思いますが、
一個人では手の届かないトップのところで、
本来の対象とは全く別の方向を向いて判断がなされる現実…。
自己保身に走る本書のホープ経営陣の姿は、
国民相手の政治をするはずの政治家たちが、
我が党のため、選挙のために奔走する姿と重なります。
権力というものは、大抵のものを踏みつぶせるし、
黒を白に変えることも容易であるということ。
赤松らがあらゆる手段を講じても、
ホープがことごとく握りつぶしてゆくがごとく…。

赤松ほどの粘りをみせ大企業と戦っていける人がどのくらいいるのでしょう。
赤松は一億円をちらつかせられ、それを突っぱねてなお、苦労苦労の連続で、
最後に勝利を勝ち取ります。
それほどまで食いつかないと真実は詳らかにされないのです。
2007年の今年の漢字が「偽」で、その年様々な偽装や汚職などが表面沙汰になりましたが、
きっとそれでも氷山の一角で、その何倍もの「偽」が
もみ消されていたのだろうし、今も隠されているのでしょう。
考えただけでぞっとします…。

さて本書、この長大な内容を一気に読ませる力は素晴らしいものであると思いますが、
少々気になることも…(苦笑)
様々な切り口から描かれるこの物語ですので、
本筋は簡潔にしないと、ということだと思いますが、すごく勧善懲悪色が濃いですよね。
ホープ側の不正の張本人狩野や、大筋とは別の家庭の問題で登場してくる
保護者の片山というモンスターペアレントの描き方が、救いようのない腐れぶり。
完全に悪役ですよね。
片山の方は、まあありとして(苦笑)、
企業のトップに立とうかという狩野の描かれ方が、
一辺倒な気がしてちょっと不満。
彼は彼なりの言い分(もちろん方向は間違ってるでしょうけど)が
あったのでは?と思ってしまいます。
ああも保身一番、お金一番、みたいに描かれると、
主人公の敵役としては、力不足かなという気がしました。
話をわかりやすくするためだと思いますけどね。
中間に立つ人々(主にホープ社員)の揺れは、面白かったです。
善と悪、損得、プライドと正義…人間らしさに溢れていたと思います。
でもその対照に描かれる腐れ社員はひどすぎですよね…。
実際あんな人ばかりだったらどうしよう…。

と、少し気になるところはあったものの、評価は満点、星五つ!!
もっと広く読んでもらいたい作品ですね。