駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『灰色の虹』 貫井徳郎

貫井さんの作品を読むのはこれが初です。ずっと興味があったのですが、ようやく読めました。
とにかくリーダビリティがすごい!
500P越えるボリュームで、私なら4、5日くらいかなと思ったのですが、2日で読んじゃいました。
もう一気読みです。

構成も、よかったです。
事件のあった過去と現在の描写を行き来して、語り手を次々に変え、じわじわと過去の事件について、
そして現在進行形の犯罪の行方を見せてくれるので、どんどん引き込まれちゃいました。
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
身に覚えのない殺人の罪。それが江木雅史から仕事も家族も日常も奪い去った。理不尽な運命、灰色に塗り込められた人生。彼は復讐を決意した。ほかに道はなかった。強引に自白を迫る刑事、怜悧冷徹な検事、不誠実だった弁護士。七年前、冤罪を作り出した者たちが次々に殺されていく。ひとりの刑事が被害者たちを繋ぐ、そのリンクを見出した。しかし江木の行方は杳として知れなかった…。彼が求めたものは何か。次に狙われるのは誰か。あまりに悲しく予想外の結末が待つ長編ミステリー。
 
「冤罪」ものです。
読んでて理不尽に思うことがたくさんあって、でも現実に起こりうることだと思うから、恐怖でした。
一旦容疑を掛けられてから、今までの毎日が少しずつ少しずつ何か剥がされていくように変わっていき、
やがて闇のどん底へ落とされていく。
それでもボクはやってない』という痴漢の冤罪をテーマにした映画がありましたが、
やってないことの証明、無罪の証明が非常に難しいことであると言っていました。
どうすれば彼はこんな目に合わなかったのだろう。
彼の落ち度を考えても、これといったものは出てきません。
運が悪かったとしか言いようがない。
だけどその結果は「運が悪かったから」だけでは、とても受け入れられるものではない壮絶なものでした。
正直、自分の身に同じことが降りかかったら、と思うと恐怖でした。
 
この作品に出てくる、刑事、検事、弁護士、裁判官…誰にも共感できないのですが、
でも彼らのいやーな人間描写の中に、自分に通じるものも見えてくるんですよね…。
ちょっと彼らは極端に書かれてるけど、きっとその要素は現代社会に巣食ってるものなのです。
 
要は、「自分のことしか考えてなかった」ということです。
刑事も、検事も、裁判官も、弁護士も、目撃者も、自分のために行動していて、
相手の立場をあまり考えられない人ばかりでした。まさに現代の個人主義を象徴してるようです。
かくいう私だって、自分可愛さに、彼らと同じ立場になったら同じことをしてしまうかもと思ってしまいます。
毎日の慣れた作業をついいい加減にやってしまう、成果を焦るばかりに強引に事を進めてしまう、
自分の失敗を認められない変なプライドを持ってしまう、慣例をひっくり返せない、などなど、
この本に出てくる彼らを簡単に責められないという気持ちがありました。
(ただ刑事さんはやりすぎですよね…あれ実際にあるのかなぁ><)
 
この本の被害者にも加害者にも、一歩間違えれば、自分もなりうるという恐怖がずっとありました。
そんな一歩間違えば…の結果が、想像を絶する不幸を生み出してしまったのです。
そのギャップをどう受け止めたらいいのでしょう。
 
登場人物たちは、「この事件が有罪とか無罪とか、自分の言動だけで決まってしまうものじゃないだろう」と
誰もが思っています。
刑事さんはかなり無茶やってるので、この復讐劇の原因のようにも見えますが、
彼に言わせれば、本当にやってないならどんなに脅されてもやったと言わないだろう、
と被疑者に責任を押し付けるかもしれません。
被疑者・江木も罪を認める発言をしながらも、事実ではないのだからきっと容疑は晴れるはずと、
誰とも知れない人を頼ってる部分がありました。
彼がもっと物をはっきり言える人だったらここまでならなかったかもしれません。
(とはいえ、彼に問題があるとはいえず、復讐に至る心理はもっともだなと思いました)
誰もが自分に決定権(責任)があると考えずに、無難で自然な流れに沿って、
自分に都合よく解釈していった結果、起きた悲劇と言えるでしょう。
 
かなり深刻なテーマを扱った暗い話ですが、謎解きのエンタメ要素もあるから、
ずぶずぶ暗い所に落ち込んでいかずに読めたのかもしれません。
トリックは途中で気づきましたけどね。
そして、冤罪物が決してハッピーエンドにはならないとわかってるからこそのラストシーン。
切なかったです。何気なく送ってる日常が、いつ音を立てて崩れるかわからないのですから。
 
星は四つ。楽しい作品ではないですけど、色々考えさせられて面白かったです。