駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『サヴァイヴ』 近藤史恵

近藤さんの本はこれが初読みになりますが、文章が読みやすくて好きでした。
文章が肌に合う作家さんは、言葉が浸み込むように入ってくるので、
どんどんその世界に入っていけてすごく共感を覚えます。
今回もロードレース(自転車競技)という未知の世界でしたが、どっぷりひたって読みました。

この本は、「サクリファイス」「エデン」に続くシリーズ三冊目にあたるそうですが、
この本は続きものではなく、スピンオフの短編集になってますので、これから読んでも大丈夫みたいです。
私はこれ単独で読みましたけど、十分楽しめました。
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
他人の勝利のために犠牲になる喜びも、常に追われる勝者の絶望も、きっと誰にも理解できない。ペダルをまわし続ける、俺たち以外には―。日本・フランス・ポルトガルを走り抜け、瞬間の駆け引きが交錯する。ゴールの先に、スピードの果てに、彼らは何を失い何を得るのか。「老ピブネンの腹の中」「スピードの果て」「プロトンの中の孤独」「レミング」「トウラーダ」の6編を収録。
 
努力が報われる青春王道モノも大好きですが、プロの世界の有無を言わさぬシビアさにも引きつけられます。
頂点を目指すのがプロという世界で、そこに到達するためには、努力だけでは不可能です。
かと言って、文句なしの実力や才能があればいいのかと言えば、そうでもなく、
運だったりタイミングだったり、スポンサーが絡んだり、人間関係だったり、と様々な要因が絡んできます。
その自分の努力云々だけではない、ままならない状況の中で、それでも頂点を目指そうとする、
そこにこそ、なにかの本質にたどり着ける気がして、プロの世界を覗くのは本当に興味深いのです。
 
この本では、まさにそのプロの世界の苛酷さを様々な立場から描いていました。
「老ビプネンの腹の中」の中での、ミッコの言葉が印象深いです。
 
「もちろん、目的はレースで勝つことだ。でもそれは本当の目標じゃない。いちばん大事なのは、生き延びることだ。このピブネン(フィンランドの神話の神様)の腹の中で。生き延びて、そしていつか時がきたらここから脱出する。勝つのもそのための手段だ」
 
本なんかで読むプロの世界って、とにかくずっとしんどいって印象があったので、
これを見てそういうことなのか、とすごくしっくりきました。
例え頂点に立ってもそれでハッピーエンドじゃない。
頂点に一度立つと今度はそれを保持しなければならない。
それならゴールはどこなんだろうと思ってしまうけど、
生き延びるのがプロの世界だというのならすごく納得です。
目標を達成して、全てに満足できたら、もしくは全てを諦めることができたら、脱出…引退できるのでしょうね。
 
この本では、そんな「サヴァイヴ」の中に、身を投じた男たちの話が描かれていくわけです。
トップを目指すのがプロなのに、ロードレースでは、個人戦と集団戦があるのが特徴的です。
主に個人のタイムを競うレースだというのに、チームで役割(エースとアシスト)を決めて、
メンバーの誰かを勝たせるため走るというのです。
そこには競技中の駆け引きもあるし、チーム同士の役割をめぐる駆け引きもある。
 
そのトップの孤独が「スピードの果て」で描かれます。
苛酷な競技であるロードレースは、読んでて全てをそぎ落としていくような競技だな、と感じました。
恐怖を振り切り、意識を飛ばし、狂気の中で限界のリミッターを外す。
色んなしがらみがまとわりつくプロの世界なのに、
ゴールの瞬間には全て断ち切って、すごくシンプルな世界になっているのが印象的でした。
そして役割をめぐる葛藤が赤城と石尾を軸にして「プロトンの中の孤独」「レミング」で描かれます。
そして二人それぞれの葛藤ののち、一つの答えが「ゴールよりももっと遠く」で出されるのです。
三作かけて二人の距離が縮まっていく様がよかったなー。
個人技だけど、チーム競技でもあるロードレースの微妙な人間関係が描かれてます。
 
本の構成としては、この赤城と石尾の三連作で締めた方が、すっきりとまとまりそうなのに、
最後にもう一編残っています。
ラスト「トウラーダ」では、生き残りをかけたプロ選手たちの苦しみを印象的に描きだします。
薬物疑惑を描くやり切れない話を最後に持ってくるのですが、
それがすごく強烈な印象を残す結果となりました。
「夢を追っていく」というラストで終われるような甘い世界じゃないんだ、と止めを刺すかのような構成。
うーん、やられた><こういう厳しさが、ぞくぞくっとくる魅力を放つのだなー。
 
面白かったです。星は四つ。
サクリファイス」と「エデン」もこのあと読んでいこうと思います。