駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『舟を編む』 三浦しをん

色んな題材でお話を書かれるしをんさん。今回は辞書作りです。
辞書作りのお話は『天地明察』を彷彿とさせました。(こちらは暦作りの話でした)
生活で身近なものに、こんな想像を絶する労力や時間が費やされていようとは、
と知らないことばかりで驚かされます。
なんというか、想像を超える果てしなき世界ですよね…。
ただ分厚い本を作るだけの苦労じゃないんだ…><
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を
捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベ
テラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そし
て出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て
、彼らの人生が優しく編み上げられていく―。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大
渡海』は完成するのか―。
 
タイトルの「舟を編む」とは、
言葉という大海を渡るための舟…つまりそのしるべとなる辞書を編纂するということを指しているんですね。
で、読んでいくと、その辞書編纂の、膨大な作業の果てしなき様に圧倒されてしまうのですが、
それなのにそれを「舟」だと言う。
「船」ではなくて、「舟」なのです。
(手元の辞書によれば、「手でこぐような小型のものを舟、大型のものは船と書く」とあります)
その言葉だけでも、言葉の海の偉大さに対する畏敬の念のようなものを感じられて、
頭が下がる思いがするのです。
 
そしてもう一つの側面として、「お仕事もの」というのがあります。
5章からなる構成で、4人の視点から描かれています。
(最後の章は、二章の馬締くんの視点で再び語られています。)
それぞれ仕事に対するスタンスが違っているんですね。
 
最初の視点である荒木さんは、まさに理想のような人生です。
幼い頃から異常なほどに言葉に執着を見せ、進学も就職も辞書作り一筋に捧げた人生。
目標が見つからないと嘆く人が多い中、一つの夢を一直線に進む彼は、
夢を仕事にした憧れの人生とも言えます。
 
次の馬締君は、不器用で変わり者のせいで、営業部では役立たず扱い。
しかし自分の特質がうまくハマる辞書作りの仕事に関わることになり、
彼の人生はそれまでと全く違った道を歩み出します。
これもある意味、理想ですよねー。
自分が最大限に生かせる仕事に巡り合えるという奇跡。
ちょっと前にはやった「自分探し」とかって、そういうのを探してるんですよね…きっと。
 
以上の二人は、まさに仕事に就く人の理想像ですよね。
でも以下の二人は割と現実的です。
 
何事も器用に要領よくやれ、それなりに社交的な西岡君。
辞書作りに熱心に打ち込む周りの人たちを見て、そうはなれない自分にどこか不満を抱きます。
本気になることに照れや怖れを感じてるんですね。
でもやがて自分が辞書作りに「必要とされている人間である」と自覚することができ、本気になる彼は、
今の立場で自分の能力を最大限に生かすことができるようになるのです。
本気になるのは怖いことです。失敗したら打ちのめされる気がするからです。
「まだ本気じゃない」という認識が自分の余裕にも感じられ、
中途半端な態度に安心感を覚えたりするのだけど、それじゃいつまでたっても中途半端なままなんですよね。
ちょっと本筋から逸れ気味にも感じた西岡君の話でしたが、読み終えると彼の話が一番印象に残りました。
 
そして岸辺さん。
ファンション雑誌と言う花形部署からいわば左遷されるかのように辞書編纂部に異動してきたために、
つい周りを見下す目線で見てしまいます。
そして、これまでに全く縁のない世界に、自分の適性のなさを感じて心細くも思うわけです。
そうなるとプライドや卑屈さが自分の立場を上げたり下げたりして、
相手と同じ位置に立てなくなってしまうのですね。
それでも馬締の「長編大作ラブレター」(笑)を見て、
馬締ら辞書作りに熱意を傾ける人たちと自分は変わりないということに気付けて、
同じ立ち位置に立つことができたわけです。
思い込みや偏見が払われれば、仕事への視界も開かれ、
自分にできる仕事と言うものが見えてくるものなのですね。
 
仕事をしていて、「こんな仕事やりたかったはずじゃないんだけど…」と思ったことがある人は
多くいるのではないでしょうか?
思うような仕事がやれず悩む人たちに、この本はエールを与えてくれているのかなと思いました。
自分のやりたいことを仕事にするのは難しいけれど、多くの仕事には様々な役割があって、
ちゃんと自分というピースが嵌れる場所があるはずなんですよね。
もしくは自分の形をちょっと変えるだけで、嵌れなかった場所にきちんと収まれるのかもしれません。
 
そして、人生の終わりに、夢の結晶を残すことができ、そしてその夢を託し繋いでくれる人を得た松本先生は、
本当に最高に幸せな人生を送ったと言えるのだろうなぁ。
人生の終わりに、ちゃんと納得ができる人生を送りたいものです…。
 
さて、全編で描かれる辞書作りの壮大な積み重ねの数々。
何かの閃きでぐっとはかどったりするような裏技のない、ひたすらコツコツと積み上げていくだけの作業。
でもそこには、たくさんのこだわりも思い入れも苦労も涙も情熱も編み込まれてるものだったのですね。
この本で、「言葉」の海の果てない広さ、そして底の見えない奥深さを垣間見た気がしました。
最後の章は、それまでの積み重ねてきたものを思うと、泣けてきそうでした。
 
ただ視点が変わるのに、章立てが、「一、」「二、」としか書かれてなかったり、いきなり十何年経っていたり、
また本筋に関わりが薄いとはいえ、馬締と香具矢の恋愛話に無理があったり、と違和感を感じる部分も所々…。
構成がちょっと荒かったかなぁ?
そういう部分で読みにくさも少し感じられたので、星は三つです(^_^;)
 
余談。これを読むちょっと前に、あの!「新明解国語辞典」の新版の広告が新聞に出てました。
版を重ねるごとに痛烈さが増してきてるんじゃないか…(^_^;)突き進むなぁ、新明解(笑)