駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『盤上の夜』 宮内悠介

新聞で紹介されていて興味を持った本。予約待ちしてる時に、直木賞候補になってびっくりしました。
デビュー作なのに、すごいですねぇ。
 
<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
相田と由宇は、出会わないほうがいい二人だったのではないか。彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった―若き女流棋士の栄光をつづり、第一回創元SF短編賞山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全六編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊戯をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋…対局の果てに、人知を超えたものが現出する。二〇一〇年代を牽引する新しい波。

すっごく独特な世界。私はとても好みで、圧倒されました。
盤上遊戯を題材としてるけれど、そういう平面を遥かに超えた世界を描いています。
 
私自身はどのゲームもろくにできません。
でも例えばマンガなんかで、プロや天才が出てきて、ゲーム競技について極める様を見てきて、
なんとなく、その道を極めるということは、己自身と向き合うことなのだろう、なんて思っていたのですが…。
違ってました。そんなもんじゃなかった。
この本では、もっともっとたくさんのものを巻き込んで、戦うのは対戦相手じゃなく、自分自身でもなく、
もっと大いなるものと向き合うことでした。
極める先に到達点はなく、無限に広がる宇宙や、果てしなく沈みゆく深海があって、
その中で世界を相手にして、歴史を相手にして、最終的には自分の中の神と対峙するのです。
 
この果てしなく、枠を超えていく様は、とても刺激的で、
デビュー作と思えぬテクニックと奥行きを感じさせるけれど、
デビュー作らしく自己完結のように閉じた感じもとてもよいのですよ。
(デビュー作と言うのは、誰かのためにというより、自己を吐き出すように書かれる感じがする時があって、
それがとても独特に思えるんですよね)
手慣れた感じの構成が巧いし、派手に文章を装飾せず、
淡々と語り、なのにやがてすごい境地へ紡ぎだす様も好みでした。
 
ネタばれしない程度にそれぞれの感想を…。
 
「盤上の夜」
四肢を失った女性棋士の話。実はこれだけ読んでもそこまでは感動しなかったんです。
この話もすごい話だったんですが、最後ちょっとついていけなくなった感もあり…。
でもこののち続けられる短編を読んで、最後の章で再び綴られる彼女たちの物語がきれいに閉じたので、
読後は満足。
 
「人間の王」
チェッカーというゲームで、人とコンピューターが戦うお話。この本の中で一番好きな話かも。
SF仕立てのノンフィクション風といったらいいかな。実際にあったことを元にして、書かれたお話ですよね?
事実が持つ異様な存在感を、見事に脚色して仕上げています。色々圧倒されました。
 
「清められた卓」
マージャンのタイトル戦のお話。このお話も好きでした。
ゲーム中の緊迫した感じもよいし、ラストのトリック(?)にも驚いて、
話を結ぶ斜め上の展開にも驚かされました。この物語の自在さが作者の持ち味なのかなぁ。
 
「象を飛ばした王子」
このお話もかなり好きでした。ブッダの子、ラーフラが主役のお話。
歴史小説のような面白さがあり、そこで語る哲学がまた面白く、引き込まれました。
ブッダとの対峙…神と同格の相手に直接、盤上遊戯をはさんで向き合うということは、
この本の中では「はじまり」の話に位置するのかな。
この本の短編全てで言ってることですけど、極める先に見えるものは、勝敗なんかを軽く超えた向こうにある。
それを見つけるために人は足掻くのですね。
 
「千年の虚空」
さっきの舞台と変わって、こちらは現代の一人の女と二人の男という、すごく俗っぽい舞台になるのに、
話は相変わらず壮大。そして前の話がゲームを通して、人生哲学を語るのと対照的に、
こちらは人生自体がゲームで成り立っていると知らしめてくれる。
なかなかこの話も圧倒されるのですが、ただちょっと理解が及ばなくて、楽しみ損ねた感あり…。無念。
 
「原爆の局」
広島の原爆投下の元で本因坊戦があったという事実は初めて知りました。
それを題材にして、今までの話をまとめる様なお話。
原爆の爆風に吹き飛ばされながらも、ただ囲碁を打ち続ける。
それは命をかけてというような大仰なものではなく、ただ打ちたいから打つのである。
なのに純粋な気持ちを極めたその姿は、神々しくも見えてくるのである。
盤上で行われるささやかな動きと、その背景に闇のように広がる、世界や意志や歴史など・・・
その対比にくらくらしてしまうのです。
 
SFの本かと思ったら、全体的にはそんなSFっぽくないです。全くその要素がないわけではないですが。
ただそのスケールの大きさはSF並みだなぁと思いました。
 
星は四つ。好き嫌いが分かれそうな気がしますが…。
私は翻弄される読書は好きなので、面白かったです。