駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『双頭のバビロン』 皆川博子

楽しみにしていたこの本、期待を裏切らない面白さでした!
皆川さんの本を読むのは、これでほんの二冊目なんですけど、もうすっかりファンです><
なんなんだろうなぁ、この引力。
完成度の高さと、品格の高さがたまらないです。
冒頭シーンから、糞尿やらなんやら、汚らしい言葉を並べて細部まで表現されているのに、
ちっとも下品じゃないんですよね。
残酷な場面をスクリーンで見つつも、バックで華麗なクラシックが流れてる感じと言いましょうか。
この独特の雰囲気が大好きです。
 
前に読んだ「開かせていただき光栄です」は軽やかに綴られる文章でしたけど、
今度のは重厚で濃密な感じです。
文章に、ちょっと読めない古めかしい言葉が頻繁に使われるのですけど、
それが読みやすさを妨げてないんですよね。
漢字ですから、知らない単語でもなんとなく意味は分かります。
その文章は、見た目に重厚で、品格がありつつ、だけど軽やかさは失ってなくて、
二段組み500P超えでも楽しんで読むことができました。
時代も舞台も縦横無尽に駆け抜けて入り乱れるのですが、
その語られる様にまったく違和感がないのがびっくりです。
詰め込まれる内容は、ハプスブルクであったり、ハリウッドであったり、世界大戦であったり、
トーキーであったり、京劇であったり…その他もうもろもろ。
そんなごちゃ混ぜになってしまいそうな題材を嘘みたいに見事に繋げていく様は、もう感嘆モノでした。

<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
爛熟と頽廃の世紀末ウィーン。オーストリア貴族の血を引く双子は、ある秘密のため、引き離されて育てられた。ゲオルクは名家の跡取りとなって陸軍学校へ行くが、決闘騒ぎを起こし放逐されたあげく、新大陸へ渡る。一方、存在を抹消されたその半身ユリアンは、ボヘミアの「芸術家の家」で謎の少年ツヴェンゲルと共に高度な教育を受けて育つ。アメリカで映画制作に足を踏み入れ、成功に向け邁進するゲオルクの前にちらつく半身の影。廃城で静かに暮らすユリアンに庇護者から課される謎の“実験”。交錯しては離れていく二人の運命は、それぞれの戦場へと導かれてゆく―。動乱の1920年代、野心と欲望が狂奔する聖林と、鴉片と悪徳が蔓延する上海。二大魔都を舞台に繰り広げられる、壮麗な運命譚(グランドオペラ)。
 
もうまさにグランドオペラですよ!
激動の歴史を背景にした、壮大な舞台に、圧倒的なストーリー。この豪華絢爛さ。
目が眩むようでした~。
そして、この膨大な題材群でありながら、どの描写も詳細で魅力的で、引き込まれます。
様々な引用がなされ、こちらの知識を試されているかのようで、
分かる部分を見つけた時は、嬉しく思ったりしました(^^ゞ(シシィの記述とか、「もじゃもじゃペーター」とか)
逆に映画はほとんど見ないので、さっぱりでしたね~(^_^;)
でも「タイタニック」やハリウッドの方針の話は興味深かったです。
戦争の描写もリアルに感じられました。
ほんとに皆川さんの中にはどれほど膨大な情報が詰まってるんだろう…。
あの分厚さに相当する以上の内容の濃さだと思います。感服…。
 
 
(未読の方、すみません><これ以降ネタばれの感想になります。
これから読まれる方は、どうぞ後の記事は読まれませんように…。)
 
 
 

主人公である結合双生児のゲオルクとユリアン、それは陰と陽のような対をなす関係に思えました。
グリースバッハ家の跡取りとして、確かなる地位を持つゲオルクは、
その地位を投げ出し、映画と言う虚構の世界に身を投じます。
そして存在を抹消された「非在」という立場のユリアンは、その不確定な立場を嘆き彷徨う中、
生きる意味を失うほどの大事な人を亡くし、また戦場に出向くことで、生と死を強く実感するのです。
話す物腰からまるで違う、裏と表のような二人が非常に印象的でした。
古代都市バビロンの守護神であったマルドゥクは、
「想像を絶するほど絶妙に作られた四つの耳と四つの目を持ち、この目と耳で何事も見逃さず、聞き逃さない」
のだそうで、それはゲオルクとユリアンがこの動乱の時代をあちこち飛び回りながら、
見聞きし尽くすようにも思えました。
 
読む前は、双子のお話かと思っていたのですが、これは三人の物語ですね。
ツヴェンゲルという存在は、この物語の中で相当に強烈で、印象的でした。
それでいて、つかみどころのない、実像のない人のようにも映ります。
(そして通訳も医学の知識も速記も…なんでもできるスーパーマンでしたね(笑))
 
読み終えて、まず疑問に思ったのが、ラストのどんでん返し(?)でした。
ゲオルクは、どうしてツヴェンゲルの物語を最後に書いたのだろうと思ったのです。
ツヴェンゲルの話の冒頭に書かれてる文章は、ユリアンの物語の自動書記の部分のはずです。
なのにゲオルクはツヴェンゲルを主役にして書き直してしまった。
そして、最後にユリアンが自動書記によって、ゲオルクに真実(?)を語り、
ツヴェンゲルの物語を訂正して終わります。
ラストに、ツヴェンゲルの話を挟むこと。
それはツヴェンゲルが双子の結合部分に相当するからなのかな、と思いました。
 
結合双生児である、ゲオルクとユリアン
手術によって二人の人間に分かれますが、その間を結ぶためかのようにツヴェンゲルが存在しました。
彼は常に間(はざま)の存在でした。
地下に住んでる小人と天国に住む天使の間の子という、ツヴェンゲル。
男装をした女性を演じる花木蘭を重ね、男女の狭間を行きかいます。
そしてゲオルクの物語を速記で記すエーゴン、ユリアンを「戦場へ行こう!」と誘い出す花木蘭。
ゲオルクとユリアンが触れる鴉片、そしてたどりつく上海…。
二人の間を行き来して、そして二つの糸をより合わせるように導いていくツヴェンゲル。
 
そして、ラストでマネキンとはいえ、結合双生児のように繋がるユリアンとツヴェンゲル。
その後、箱(棺)に閉じ込められます。
ツヴェンゲルはユリアン寄りでしたからね。非在を嘆くユリアンは、人への執着が強かったですもんね。
逆にゲオルクは周りにあまり理解を求めない、孤高の人でした。
(それはユリアンという存在があったせいかもしれませんが)
 
離された結合双生児は、最後、ツヴェンゲルを間に挟み、また繋がるのかなと思えたんです。
だから、ゲオルクがツヴェンゲルの物語を結び、それと相対するユリアンの物語を自動書記により、
ツヴェンゲルの物語とともに、自らの中に取り込み、最後ゲオルクの中で全てが一つになって、
物語が閉じるのかな、と思いました。
いや、私の勝手な考えですけども(^_^;)
 
 
そんなこんなで、ここに挙げられないほどのたくさんの要素を抱えた濃密なこの作品、
どれもこれも素晴らしくて、とても堪能させていただきました。
これだけ膨大かつ詳細でありつつ、エンタメ性を失わず、ぐいぐい読者を引き込む力は本当に素晴らしいです。
本当に読めて良かったです!