駄文徒然日記

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『火星ダーク・バラード』 上田早夕里

おお、これがデビュー作。
がっつりSF物かと思いきや、SF要素たっぷりのハードボイルドサスペンスでした。
ハラハラするエンタメ作品になってて思ったより読みやすくて、面白かったです。
相変わらず上田さんのSF描写は分かりやすいので、SFに苦手意識がある私でもOKで、
舞台である火星の様子や、近未来的描写を興味深く読みました。(特に、麻酔シートは便利そうだ~・笑)
でもやっぱSF慣れしてないので、フォボスの場面なんかはちょっと想像しづらかったですけどね…(^^ゞ

<内容紹介>
火星治安管理局の水島は、バディの神月瑠奈とともに、凶悪犯ジョエル・タニを列車で護送中、奇妙な
現象に巻き込まれ、意識を失った。その間にジョエルは逃亡、璃奈は射殺されていた。捜査当局にバデ
ィ殺害の疑いをかけられた水島は、個人捜査を開始するが、その矢先、アデリーンという名の少女と出
会う。未来に生きる人間の愛と苦悩と切なさを描き切った、サスペンスフルな傑作長篇。

火星治安管理局(警察みたいなもの)の縦社会の中で生きていく水島は、
なかなか自分の思うように行動できず、
アデリーンも実験体という立場から、行動をすべて監視され、様々な制約でがんじがらめになっています。
全く違うようでいて、実はよく似た立場で、現状を息苦しく思う二人が、
やがて共感し合うのは当然のことに思えます。
護送中に起こった奇妙な現象をきっかけに、真相を追及していく二人は、
組織の上層部であったり、研究者たちによって、その行動を阻害されます。
それを乗り越えながら真相に迫っていく過程は、物語の定番ですが、ぐいぐい引き込まれていきます。
 
 
(以下、ちょっとネタばれ気味の感想です…。未読の方、ご注意ください。)
 

権力者たちが二人に様々な圧力をかけ、どんどん制限していき、自分のたちの思い通りにしようとする中で、
水島を救おうとするアデリーンの超共感力によって、その抑圧はやがて破壊行為として、
噴出されることになるのです。
たとえどんな崇高な目的であっても、何かを思い通りにしようとするのは傲慢以外の何物でもないのです。
 
最良と思われる遺伝子配列で人工的に作られる人種、プログレッシヴであるアデリーンが、
水島と接する中で気づく場面があります。
そこがとても印象深いのです。
 
  「人間は内面が脆くて弱いからこそ、強くあろうとして勇気を奮い起こすものなのかもしれない。
   醜く惨めな本質を持つからこそ、どこにか、本当に美しい真実があるかもしれないと夢想するの
   かも…。強さと弱さは矛盾しないで、ひとりの人間の中にある───。
   そのふたつがお互いに働きかけるから、人間の可能性は無限に開かれるのではないか」
 
人間のネガティヴな感情を切り捨てるべきだと考える科学者グレアム。
彼は、人間の汚い部分を嫌って、純粋で平和な新しい世界を望んで、
プログレッシヴ計画」を進めていくわけですが、その追求が、
やがて多大な犠牲を生む事件を引き起こすという皮肉な結果となっていきます。
 
悪しきものをすべて排除すれば、善だけが残るというわけではないのです。
善も悪も、夢も絶望も、両方を抱えていくことこそ、前に進む力になっていくのでしょう。
人間の不完全さは、未熟なのではなく、何かを超えていくためのバネに変わるものであり、
排除するのではなく、受け入れるべきものなのです。
 
これを読んだ後、再び上田さんの『魚舟・獣舟』所収の「小鳥の墓」を読み返しました。
これはやはり前日譚とはいえ、『火星ダーク・バラード』の後に読むべきですね。
前読んだ時とだいぶん受け取り方が変わりました。
かなりこの作品とリンクしているのがわかります。
ジョエル・タニがいたダブルE区もまたある意味、プログレッシヴ計画に共通したところがあり、
地球版人間進化計画とも言えます。
徹底的に管理された都市で、よりよい人間たちを育むプログラムの中で、彼の魂は静かに壊されていくのです。
『火星のダーク・バラード』の中で、普通の人間より優れているはずのアデリーンとジョエルによって
混乱と破壊に陥る火星の状況は、なんと皮肉なことだろうと思います。
人間を描くという意味ではこちらの作品の方がより深く、『火星ダーク・バラード』を読まれた方には、
その後是非読んでいただけたら、と思います。
 
私はこの『火星ダーク・バラード』を文庫版で読んだのですが、
最初に出た単行本版とは結末やら結構違うそうですね。
あとがきに書かれていたのですが、水島の年齢設定から違うんだそう。
単行本では、30歳。文庫版では39歳です。アデリーンとの関係も随分違う印象なんでしょうね。
文庫版では、水島は、アデリーンと気持ちが繋がりつつもあり、でも拒絶(逃げ?)部分も残していました。
この年齢差は軽々とは超えられませんもんね。
だとすると、単行本版では年が近い分、もっと恋愛チックだったのかなぁ?そちらも読んでみたいですね。
 
星は三つ。
純粋に面白い読み物なんですが、併せて読んだ『小鳥の墓』の深さには及ばず、
ちょっと点が辛くなりました…(^_^;)
でもやっぱり読みやすい上田作品は好みなので、この先さらに読み進めていきます(^^)