駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』 ウンディ・ムーア 矢野真千子・訳

評判通り非常に面白い本でした。
本人の伝記自体がネタてんこ盛りなのもあるだろうし、著者の読み手を引き込む文章が巧みだったのもあり、
しばしばノンフィクションを読んでるということを忘れがちになりました。
 
なんといっても、ジョン・ハンターの感覚がまともじゃない。
架空のキャラか!?というくらいぶっ飛びすぎている。
「好奇心」なんてレベルを超える、興味への執着心がとにかく半端ないんです。
人としての感情や社会的常識なんかを彼は簡単にそぎ落として、対象物へ全ての情熱を注ぎます。
「知りたい」という単純かつ奥深い欲望に純粋に従う彼は、もう本当にただただすごいです…。
 
<内容紹介>(amazonサイトより)
奇人まみれの英国でも、群を抜いた奇人! ーー『ドリトル先生』や 『ジキル博士とハイド氏』のモデルとも
言われる18世紀の「近代外科医学の父」ジョン・ハンター。彼の知られざる生涯を初めて描いた驚嘆の伝記。
膨大な標本、世界初の自然史博物館、有名人の手術、ダーウィンより70年も前に見抜いた進化論......。解説
山形浩生氏ーー「このジョン・ハンターはまぎれもなく、イギリスの誇る畸人の伝統を脈々とうけつぐ人物
であり、その影響は医学の世界をはるかに凌駕している......かれの畸人ぶりは群をぬいており、それが証拠
にかれは当時、そしてその後の小説などに多くのモデルを提供している。本書を抜群におもしろくしているの
は、そうしたかれの畸人的なエピソード群のためであり、そしてそれが現代のぼくたちにつきつける問いかけ
のためだ」。
 

目次を見るだけで、その奇人ぶりが分かるかと思います。
 
御者の膝/死人の腕/墓泥棒の手/妊婦の子宮/教授の睾丸/トカゲの尻尾/煙突掃除夫の歯/乙女の青痣/外科医のペニス/カンガルーの頭蓋骨/電気魚の発電器官/司祭の首/巨人の骨/詩人の足/猿の頭蓋骨/解剖学者の心臓
 
ね、なんかすごくないですか?
ありとあらゆるものに興味を広げ、果敢に生物の謎にアタックしてる彼が見えてくるようでしょう?
 
冒頭は特に彼の奇人ぶりが前面に出ています。
手段を選ばず死体を集め、ひたすら開き、そして「開かせていただき光栄です」にもあるように
妊婦の死体を嬉々として解剖したりしてます。
グロいのが苦手な私としては「うへぇ」な描写があったりするんですが、しかし非常に面白いんですよ。
なんといっても彼が痛快。
「あらゆる病は体液の不均衡によっておこる」という、昔からの考えを続けていた当時の滞った医療技術に、
彼は風穴を開けようとするわけですね。
現代の常識を知る我々からすれば、少々手段が荒くとも、理解が正しい彼に肩入れせざるを得なくなるんです。
そして彼が、「人類の未来のために」などという崇高な理由ではなく、
ただ単純に「知りたい」という己の欲望のままに、
乱暴に真実への扉をこじ開けていく様に強烈にひきつけられてしまいます。
っていうか、宗教や古い常識にとらわれない、当時にはあり得ない彼の思考が現代の我々に近いから、
共感しやすいんでしょうね。
しかしこの時代に現代感覚以上に合理的な彼は、かなり時代を先に行ってるし、
相当生きづらかっただろうなーと思います…(^_^;)
 
終盤は彼の医学に対する誠実さに感動します。
彼は自らつかみ取った「正しい知識」を広めることに尽力し、
実際に医療の大いなる発展につながっていくわけです。
かといって、立派な人物に成長したというわけではなく、彼は相変わらず自分の心に正直なままで、
「巨人の骨」の章では、欲しい死体を手に入れるために、若いころと全然変わらずに、
手段を択ばない彼の執念ぶりがうかがえます。彼に目をつけられたくないですよね…ホント(^_^;)
 
ジョン・ハンターという人は、留まっていられない人なんでしょうね。
次から次へとターゲットを見つけ、ひたすらにそれらに打ち込む。
自分の教えた授業でノートは取らせない。なぜなら情報は常に新しくなっていくから。
疑うことを忘れず、自分自身で考えよ、と彼は教えます。
彼の言う、当時の学問としての医学の問題点は、現代にも通じるところが多々あると思いました。
 
伝記とは思えないほどに非常に面白い読み物でした。
おススメです(^^)/