『悟浄出立』 万城目学
面白かったです!全然万城目さんっぽくなかったけど、でも問題ありませんでした。
がらりとイメチェンな感じの作風でしたが、
シリアス色の濃かった「とっぴんぱらりの風太郎」がいいクッションになってた気がします。
予習ができないまま読むことになり残念だったんですが、それでも問題なく楽しめました。
中国古典とはあまり縁がないと思ってたんですが、意外となじみ深かったようで、
どの作品もとても楽しめました。
日本の戦国時代などとはスケールの違う、中国が舞台の歴史ロマン。
人物造形も、歴史背景もスペクタクル!
そうした下地に、主役ではない人たちの、スケールがまるで違う非常に個人的な話が語られるんです。
今まで中国古典は、歴史を変えたような人たちが主役の話しか触れてこなかったので、
このギャップにやられました。
短編五編、全部面白かったです!
「悟浄出立」
長大な天竺への旅を描いた「西遊記」、そこでの悟浄の哀愁を漂わせた語りが何とも言えない(>_<)
そして八戒のギャップぶり!
主人公・悟空の見せ場を用意する脇役のように思える彼らたちにも、
影にこんな奥深いドラマがあったとは、と面白く読みました。
ここで語られるその敏腕振り、そして今の体たらく。
「未熟で脆弱」だが「変化する」人間。完璧と不完全の差を「結果と過程」で語る八戒の話は面白かったです。
そののち旅の景色が少し変えて見えた悟浄、変化していく一歩を踏み出すラストは印象的でした。
「趙雲西航」
(蜀で一番好きなのは関羽だけど)
安定感良すぎてちょっと地味目に映る趙雲が、国をかけた戦いのさなか、
それとは全然違う些細なことで一人悶々としていたとという、この話。
こちらもどこか哀愁漂っています。
国を懸けた壮大な戦いが繰り広げられる「三国志」で、
趙雲だって国の行方以外のことで悩んだりすることもあるんだーと新鮮な驚きでした。
いや、彼らだって人間だものね。当然といえば当然なんだけど。
でも戦いになればそんなのなかったようにきちんと役割を果たすのだろうな。だって趙雲だもの。
この話もすごく好きでした。
「虞姫寂静」
有名な四面楚歌の場面、そこでの虞美人が語る話。
この感動的な場面で、こんな裏事情を秘めさせるとは!
女の意地が切なくて、いじましくて、でもいつもとは違った意味で感動しました。
四面楚歌、項羽と虞美人の二人の感動の場面でなく、それぞれのドラマがあったというこのお話。
とても惹かれました!
「法家孤憤」
一役人の悶々とした個人的な語りが繰り広げられます。ああ、やはりそのギャップがたまらない。
歴史の歯車はこんな些細な一人のせいで変わってくるものなのかもしれない…なんて、それもロマンチックだ。
「父司馬遷」
とても印象的な人物として描かれていました。
娘視点から、父司馬遷を語るお話。馬の情景を絡めて印象的になっています。
「法家孤憤」のエピソードにも少し触れられているのもちょっとにくい。
前二作を収める「史記」に関する話がラストにきて、締めっぽくてよい構成だと思いました。
全て良質な短編で面白かったです。
万城目さんはすごく個性的な作品を書かれる作家さんなので、
今までのような万城目さんらしい作品をこれからも書いていってほしいですが、
時々またこういうの書いてくれるとうれしいなぁ。