駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『万葉恋歌』 永井路子

例のごとくの永井さん本です。
やはり永井節はたまらないわと、大変興味深く面白く読みました。

万葉集はあまり詳しくないけど、その時代は興味惹かれるので、手に取りました。
結局、歴史上に名を残すような方々はそんなに出てこなかったんですが、作者不詳だらけの句でも、
永井さんの掘り下げが大変魅力的で、楽しんで読むことができました。
万葉集の有名歌人に対しては、評価が厳しい気がする…そこがまた永井さんらしい・笑)
大好きな大津皇子が、ちょっと出てきたのはうれしかったなぁ。


<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
万葉集」、奈良時代に成立したといわれる日本最古の歌集である。愛を語ってこれほど大胆な野性にあふれ、素朴で哀しく、しかも美しい彩りにみちた歌集は世界のどこにもないだろう。歴史への深い洞察力を持つ著者が、「日本人にとって『愛する』とは」という主題のもとに、万葉人の恋の歌を味わいながら、日本人の心のかたち、愛の原点とは何かを探り出す名著。


プロローグからして一気に引き込まれます。
今から1200年以上前になる奈良時代に生きた人びとは、それより後の時代の人々より、
むしろ現代人に近い一面を持っていた、と書かれています。
彼らは、牛乳も飲んだし、チーズの味も知っていたし(ヨーグルトもあったって言いますね)、卵や肉も食べた。
女は髪を上げ、スカートと上着のツーピースを着て、腕や髪にアクセサリーをつけた。
ロングストールも持っていた。
ああ、言われてみれば、本当にそう!飛鳥・奈良時代の装束って、
平安時代の重ったるいのに比べて、かなり軽やかですよね。
気風もね、女が屋敷に閉じこもる平安時代に比べると、この時代は、もっと自由で大らかですもんね。
女帝も普通にいますしね。(今より先進的!?)
上流階級に限りますが、椅子とベッドで生活しています。
外国文化(主に中国)の影響を強く受けた万葉の時代が、平安時代になって大きく変化したのは、
遣唐使廃止が大きいんでしょうね。それから国風文化が育っていくわけですし。
そんな感じで、かなり親近感を持って万葉集へと当たるわけです。

百人一首を見たり、平安物を読んだりすると、歌に対して回りくどいほど技巧的なんですよね。
ある程度教養がないと理解できなかったり、掛け言葉が複数仕掛けられていたりして、
読み解くのに知識や経験が必要です。
それに比べて、万葉集に出てくる歌の素朴でストレートなことといったら!
ああ、永井さんが、日本の愛の原型がここにあるといわれるのがよくわかるわ。

タイトルに「恋歌」と書かれてますから、万葉集を読み解きながら、
当時の恋愛事情について深く触れていくわけです。
歌垣(日本の古代に、男女が山や海辺に集まって歌舞飲食し、豊作を願い祝う行事。自由性交が許されていた)
なんてあった時代ですからね、性については現代感覚からすれば、かなり奔放です。
歌も感情的であからさまだったりして、それがまたストレートに胸を打ちます。
平安時代の、幾重にも薄紙を重ねたような回りくどさも好きですが、
万葉の時代の奔放さにもとても心惹かれます。
奔放すぎて現代感覚では眉を顰めそうなことでも、永井さんがこの時代の恋愛事情を、
当時の価値観を含め丁寧説明してくれ、好意的に語ってくださるので、すっと万葉集に入っていけるんですよね。
そう言う意味では、入門編として最適だと思いますし、永井さんらしい独自の解釈は
なるほどと唸らされる鋭いもので、万葉上級者でも興味深く読めると思います。

万葉集には防人歌(はるか九州まで防衛を任じられた兵士の歌。主に東国の人が選ばれた)や
東歌(東国の歌。方言を多く含む)が収められています。
上は天皇から下は防人まで、様々な身分の人の歌を一つにまとめたものであるというところも
万葉集の素晴らしい点ですが、
永井さんは、防人の歌に触れる際、経済力もおくれ、政治的にも弱い植民地的な立場にあった東国は、
自然、防人という厄介な任務を引き受けさせられたのではないか、と言われています。
そのあたりの考察もこれまであまり意識したことがなかったので、とても興味深かったです。

専門書ではないし、学者ではないので、と永井さんが自由に書かれたこの本ですが、
その万葉集らしくもある奔放ぶりがとても気持ちよく、それでいて博識で鋭い視点の永井さんらしい考察が
非常に面白く、深く楽しめる一冊となってます。
ただかなりマニアックな分野だと思いますので、
万葉集や古代の生活ぶりなどに興味ある方におススメいたします…(^_^;)