駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『裸足の皇女』 永井路子

さすが永井さん、と唸ってしまう作品集でした。
なんというか、話の裏に歴史のあれこれを忍ばせつつ、
これだけすらすらっと読めるように書かれている技量はさすがだと思います。
裏に秘められた事の大きさと、表の飄々ぶりのギャップにやられてしまいます。
と言いながら、裏で駆け引きされてるあれこれは、知識足らずで半分も理解できてないんですけどね…。
もうちょっと勉強してから読み直したい~。
でも、表の物語だけでも十分に面白いからいいんですよね、永井作品。

ばらばらに発表された短編集を時代順に並べ直しています。
それが人物が少しずつかぶったりして、まるで連作短編集のようになっていてとても面白く読めました。
そして大津皇子(私の贔屓)は名前だけなら、この短編集で何度も出てくるんですねー。
名前が出てくるたびににやけてしょうがなかった…(笑)
いや、ほとんどが、彼が持統に殺されたというネタなんですが…(^_^;)

以下、短編ごとの簡単な感想です。


「冬の夜、じいの物語」
欽明天皇に嫁いだ、小姉君(おあねぎみ)、堅塩姫(きたしひめ)という姉妹と、その弟・馬子を、
蘇我氏の奴(奴隷)であったじいが語る。
馬子のねじ曲がった愛、そしてその徹底ぶりがすごいのだが、
それを奴の立場から見ていたじいが語ることで、おとぎ話のようになって、その味わいがいい。
小姉君の、意図せぬ魔性ぶりがいかにも永井さんの書かれる女性らしい。

「裸足の皇女」
私の大好きな大津皇子の、正妻である山辺皇女が主役。
壬申の乱あたりからの騒動が皇女の目線で描かれる。
永井さんの説をひけば、大津皇子事件は、持統が望む、蘇我倉山田石川麻呂家の復興と、
その仇討ちにかけた執念から、
赤兄の血を引く山辺が皇后になるのは持統としては許し難かった、ということであるらしい
そしてこの作品は持統のみならず、げに恐ろしきは人の執念というようなお話でした。最後ぞぞっときました。
ここで出てくる大津はちょっと悪い男なのだが、それもかっこいい(^^)

「殯の庭」
天武天皇五百重娘(いおえのいらつめ・鎌足の娘)の子である、新田部親王の視点の物語。
武帝のモガリの場に参列する幼い頃から、長屋王の変までを新田部が語っていく。
ガリという特殊な場は、個々の思惑が声なく飛び交う場でもある。
それを新田部が幼き頃より淡々と読み解いてゆく。
そしてその新田部もじわりと歴史の渦に巻き込まれてゆくのだ。
歴史は人の思惑では動かない。そしてただ流れてゆく。
永井さんの短編はどれもそのように描かれているが、この話は特にその無常さを感じた。ああ、たまらん。

「恋の奴」
主役は女性歌人として有名な大伴坂上郎女。最初の夫、穂積皇子との恋愛がここで語られる。
この話のメインではないが、大津と草壁のことが、結構行数使って語られているのがうれしい。

「黒馬の来る夜」
坂上郎女と藤原麻呂の恋愛を表で描きつつも、
郎女がこののちに結ばれる宿奈麻呂との水面下の駆け引きが描かれている。
しかしこれは、ただの情愛の駆け引きではなく、藤原家、大伴家の今後を懸けた駆け引きなのですね。

「水城相聞」
「古りにしを」
「恋の奴」からの、この4編では、恋多き郎女のいくつもの恋が描かれている。
その時代の背景、そして郎女の経験の積み重ねをきれいに織り込んで、
それぞれ全く違った話を4編編まれる永井さんの筆力はもう感嘆すべきもの。
石川郎女の歌を引いた「古りにしを」までくると、
坂上郎女はとうとうこんな境地まで来たのかとため息をついてしまう。
と同時に、こんな風に繋がってくるのか、とこの4編の実に巧妙な構成に驚かされる。

「火の恋」
蔵部の女儒・狭野弟上娘子と下級官人・中富宅守との許されぬ恋を描く。
そんな禁忌の恋を、万葉集の歌を絡めて描かれるのだが、
その背景には、真相がはっきりしてない「長屋王事件」がじわりと影を差す。

「妖壺招福」
福岡市内の旧福岡城内から鴻艫館跡が発掘された。
そこに居合わせた永井さんが、そこで見たガラス瓶の破片からヒントを得たお話。
遣唐使というものが、実際にはどんな感じだったかが想像できて興味深いです。
ガラス片一つとってもこんな風にいろんなドラマを抱えてるんだろうと、博物館で感じる興奮を思い出してしまう。
やっぱ、歴史ってロマンだな。



古代の人物関係は非常に複雑なんです。
兄弟関係での婚姻だったり、複数の相手がいたり、年の差も気にしないので、
もう誰と誰が兄弟で親子で、異母兄弟で従弟でというのがこんがらがるんですね。
特に、天武、天智兄弟の妻子の血縁は絡み合ってますからねぇ。
それに藤原氏が思惑たっぷりに絡んできて、人物関係がそれはそれはすごいことになっているわけです。
だからとっつきにくいというのもあるのですが、そこがここでは巧い仕掛けとなっているように思います。

この時代は母系社会ですから、複雑な人物関係を母系血縁を主体にして、永井さんは読み解きます。
私は深い考察はわからないんですが、女帝も多い時代ですし、
そういった思惑も大いにあったんだろうなぁと感心しながら読んでました。

この続きというと語弊があるかもしれないけれど、
同じような手法で平安時代を描く「噂の皇子」という作品もあります。
「二人の義経」なども収録されており、平安末期まで描かれています。
こちらもいずれ紹介できたらいいなと思います(^^)/