駄文徒然日記

移行したばかりです。これから整理していきます。

『やがて海へと届く』 彩瀬まる

はあー、やっぱり彩瀬さんはすごい。
読みながら、その言葉の針に何度もちくちくと胸を刺されました。
彩瀬さんの文章は、自分のあまり目を向けたくない部分を差し出されるような感じがします。
そして彼女の文章を読み進めることは、
ふさぎかけてる自分の傷をじくじくと再びいじくるような痛みを伴うのです。
それでも、読むのをやめられない。

前作『桜の下で待っている』は、いつもの不穏さが控えめになって少し物足りなく感じたけど、
今作は非常に彩瀬さんらしい作品になっていてファンとしては満足でした。


<内容紹介>(「BOOK」データベースより)
すみれが消息を絶ったあの日から三年。真奈の働くホテルのダイニングバーに現れた、親友のかつての恋人、遠野敦。彼はすみれと住んでいた部屋を引き払い、彼女の荷物を処分しようと思う、と言い出す。地震の前日、すみれは遠野くんに「最近忙しかったから、ちょっと息抜きに出かけてくるね」と伝えたらしい。そして、そのまま行方がわからなくなった―親友を亡き人として扱う遠野を許せず反発する真奈は、どれだけ時が経っても自分だけは暗い死の淵を彷徨う彼女と繋がっていたいと、悼み悲しみ続けるが―。死者の不在を祈るように埋めていく、喪失と再生の物語。


さて今作は東日本大震災を題材に、被災者に真正面から向かい合っています。
それについて述べるのは、震災の被害を受けていない私には難しいです。
でも、数多くの人が震災の傷を負った中で、被災者の方が再び歩き出すまでの、
幾通りもの道のりの中の一つが描かれているのではないかと思えました。
間違いなく言えるのは、今作を書かれるにあたって、彩瀬さんはかなり覚悟をもって、
そして遺族の気持ちになり切ろうとして、考えに考え抜いて、慎重に描かれたであろうということ。
震災から立ち直ろうとしていく姿を描くのに、ただの感動ものに昇華するのではなく、
人の中に渦巻く様々な感情を、いいも悪いも一つずつ丁寧にすくい上げていきます。

冒険だな、と思ったのは、震災の死者の視点の話を入れたこと。
これは賛否両論あるかも。
でも、私にはそれは祈りに似た想いで描かれているようで、突然生を奪われた方々が、
無念や未練をどうにか昇華して、安らかに旅立てるようにとの願いが込められていると思いました。

すみれに対する、残された真奈たちの心情は、震災に限らず、
身近な大切な人を失った思いにも重ねられると思います。
そういう大きな喪失を引きずってしまう心情を、冷静に分析されて、丁寧に描かれているのが心に残ります。
喪失という辛い思いを抱えながらも、大切な人を忘れてしまう辛さにも胸を痛める。
どっちつかずな矛盾を抱えて、人は葛藤をするのですね。
失う痛みだけではない複雑な感情を、この本を読むことで知りました。
大切な人に大事な言葉は、きちんと伝えておかねばなりません。
「愛してる」「ありがとう」など、日常でそのまま伝えるのは照れくさいけれど、
そういう想いを持って日々大切に生きていけたらな、と思いました。

これを読む前に、彩瀬さんの被災を描かれた『暗い夜、星を数えて─3.11被災鉄道からの脱出』を、
ちゃんと読んでおきたかったなぁ…。
そしたらもっと物語に近づけたのかも。そこがちょっと残念でした。